OPEN MENU

MENU

Talk3 永山絢斗×ドミニク・チェン
「料理が生み出す人と人のつながり」

Speaker/ドミニク・チェン(左) 1981年生まれ。クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、ディヴィデュアル共同創業者を経て、早稲田大学文化構想学部准教授。著書に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)など多数。ディレクターを務めた「トランスレーションズ展」が21_21 DESIGN SIGHTで開催中。

Interviewer/永山絢斗(右) ながやまけんと/1989年生まれ。2010年、初主演を務めた映画『ソフトボーイ』で日本アカデミー賞・新人俳優賞を受賞。出演作にドラマ『重版出来!』、映画『海辺の生と死』など。現在ドラマ『俺の家の話』に出演中。

いま料理をすることの意味を探るべく、3人目のスピーカーとして選ばれたのは、かねてよりウェルビーイング研究に携わる情報学者のドミニク・チェンさんだ。近年幸福を測る指標の一つとして注目される「ウェルビーイング(Well-being)」なる概念に基づけば、料理とはまさに心身のみならず人と人のつながりを変えることで人を幸せにするものといえるだろう。
コロナ禍を経て暮らし方や働き方が変わったことで、永山絢斗さん自身、料理や食事を通じた人とのつながりが変わってきたと感じているという。家族やパートナーのために食事をつくること、実家の食卓を思い出すこと、自分の料理が誰かに受け継がれていくこと――人と人が会いづらくなるこれからの社会のなかで、料理はどのように人をつないでいくのだろうか。ウェルビーイングの観点から、料理がもたらす関係性の変化について考えた。

ドミニクさんは「デジタルウェルビーイング」を専門とし、SNSやスマートフォンなど現代の情報環境が人の幸福にもたらす影響について論じている。

2つの「おいしい」を楽しむ

BRUTUS(以下:B) 
「ウェルビーイング(Well-being)」を今一度、復習しますと、WHO(世界保健機関)の定義では心身と社会関係が良好な状態にあることを指します。近年、組織のなかの人間関係やSNSの及ぼす影響などさまざまな観点から研究が進んでいますが、食事や料理とウェルビーイングの関係についてはどのような研究が行われているのでしょうか?

ドミニク・
チェン
職場での間食がパフォーマンスに及ぼす影響などニッチな研究は多いのですが、料理とウェルビーイングについては本格的な研究が行われていません。今日の対談は先端的なものになるかもしれませんね(笑)。永山さんは最近料理をされる機会が増えたそうですね。
永山絢斗 
コロナ禍による外出自粛で料理せざるを得なくなったことも大きいのですが、30歳を越えて自分の体に入れるものを意識するようになったんです。これまではファストフードばかり食べていたのですが、そろそろおいしいものを食べていきたいな、と。
ドミニク
ひとくちに「おいしい」といっても、2つの種類がありますよね。例えばショートケーキやラーメンなど砂糖や脂によるおいしさはある種、麻薬的なものです。神経系の動きを見ても一瞬で快楽が高まるのですが、すぐに下がるのでもっと食べたくなってしまう。他方で、だしが持つ旨味は「沁みるな~」と時間をかけておいしさを味わうもの。前者はギャンブルやゲームの快楽に似ていて、後者は文学に近いかもしれません。
永山
面白いですね。後者は自分から快楽の源を育て、収穫というか、迎えに行っているわけですよね。
ドミニク
そうですね。快楽的な体験は自分が座っているだけで楽しませてもらえますが、自分で味わいを深めていける文学や料理においては能動性が大事になります。だからといって、前者のファストフード的なものがダメで、後者の精進料理的なものがいいという単純な話でもありません。人は短い時間で刹那的にポジティブな感情を味わうこともあれば、過去を振り返って充足感を覚えるなど長い時間をかけて幸せを感じることもある。2つの時間軸をバランスよく経験することが重要なのだと思います。
永山
たしかに片方だけを続けることは難しい。ぼく自身、健康を意識しすぎるとかえってジャンクフードを食べたくなることがあります。体を気にするようになって食べ物の栄養素をこまめに調べるようになったのですが、そのうちに自分の体が工場のように感じられてきてしまって。
ドミニク
工場というのは面白い表現ですね。
永山
体内で働く人を動員していくような感覚になるというか。スマートフォンを使っていろいろな情報を見ているうちに、食事を理屈で考えすぎるようになってパニックになってしまうこともあるんだなと。
ドミニク
コロナ禍を経て料理する人が増えたといわれる一方で、スクリーンタイムが増えていることが問題になっています。本来は料理をすると無心になれるはずなのに、「これはこう食べるべき」というセオリーやルールに囚われてしまったり。ぼくの妻はコロナ禍以降に10ヵ月で1,000件以上の料理写真をInstagramに投稿するほどの料理好きなのですが、そんな妻を見ていると「食いしん坊」になることが料理の真髄だと気づかされました。おいしいものを食べたい気持ちがモチベーションになるし、料理を続けていくと自分だけの感覚が生まれて情報に縛られなくなるんですよね。
永山
新潟県出身の母に「なんでそんなにおいしくご飯を炊けるの?」と聞いたときに「あなたの炊き方が悪い」と言われたことを思い出しました。いまは何回もお米を洗わなくていいし、炊飯器の目盛りを信じて水を入れていてはダメなんだと(笑)。最近はレシピを見てもその通りにはつくらないようにしています。
ドミニク
レシピを見て正しい作り方を覚えたり、栄養を細かくチェックして健康に気を使うことも重要ですが、食いしん坊の人は好奇心という、自分の心に近いところにモチベーションがありますよね。ぼくも妻と生活しているうちに徐々に食いしん坊になってきました(笑)。
永山
おいしいものを食べたいと思って料理に臨んでいる時間そのものが気持ちいいものなんでしょうね。
ドミニク
ウェルビーイングのためには「自己決定」が重要だといわれており、料理に限らず自分で物事を決められる方が幸せだとされています。例えばあれこれ上司が命令してくる職場と部下が自由に決定できる職場だと、後者の方が従業員のパフォーマンスが上がるという研究結果もあって。料理は自分で決めて責任を負うので、自分でおいしいものをつくれたという感覚がウェルビーイングにつながるのでしょうね。
家では角煮など煮込んだ料理をつくることが多い永山さん。しかし、どうやっても実家の味は再現できないのだという。

料理することは人とつながること

B
家族やパートナーのために料理をつくる人は多いですし、心身だけでなく社会関係とウェルビーイングを考えるうえでも料理がもたらす効果は大きいように思います。

ドミニク
これは妻の受け売りなのですが「料理は一人でしているものではない」と今朝言われたんです。例えば一人でキッチンに立っていても、使っている塩は世界のどこかで誰かがつくってくれたものだし、食材の裏側にもそれをつくった人たちの存在がある。
永山
一人だとしても孤独ではないんですね。食べることを考えてみても、同じものを食べるだけでグッと人との距離が縮まることも多いですよね。
ドミニク
現代は一人で食事をとる「孤食」が増えているといわれますが、そもそも人類は一緒に食事をする個体同士が集まって社会をつくっていたわけで、ほかの人と食事をする感覚はとても重要なんですね。ドラマや映画の撮影現場もいまは食事が変わったんじゃないですか?
永山
撮影現場の雰囲気はだいぶ変わりましたね。ケータリングは基本的にナシになってしまいました。以前はロケで外に行くと広い野原に鉄板を広げてチキンステーキを焼いて食べるなど、みんなでキャンプをしているような感覚で楽しかったんですが……。仕方ないことではあるのですが、フェイスシールドを着けて人と接さなければいけないのは寂しいです。
ドミニク
ぼくもコロナ禍以前は学生と学食でご飯を食べる機会があったのですが、オンライン授業に切り替わったことで改めて物理的に会うことの重要性に気づかされました。ずっと画面に向かって話しているだけだと、虚しくなってしまって(笑)。情報のやりとりだけならできるけれど、合理性だけで人間は生きていけないのだなと痛感しましたね。最近は友達と会って食事をするだけで喜びを感じますし、人は食事によって救われているように思います。

B
料理と人のつながりを考えるうえで、やはり家族は重要そうです。単に食卓を囲むだけではなく、同じ料理でも家庭ごとにレシピが違ったり、料理をつくるときに実家の料理を思い出すことも多いですよね。

永山
自分で料理をつくるようになって、親の味は大事なのだと気づかされました。たまに実家に帰って食事をすると、母親の料理だと自然にたくさんおかわりしてしまうんですよね。鹿児島出身の父親はお酒を飲みながらいろいろな料理をつまむのが好きだったこともあり、ぼくもおかずがたくさんある方が嬉しくなります。最近きんぴらをつくったときも、母の味を思い出してしまいました。同じ料理をつくっても、絶対同じ味にならないんですよね。母の料理を食べると耳の裏がプクッとなって幸せが出てくる感覚があるんですよ。
ドミニク
耳の裏というのは面白い! 永山さんのウェルビーイングの兆候は耳の裏にあるのかもしれない(笑)。
永山
食べてるときに笑うと耳の裏がふくらむ感覚があって。たまに仕事で地方に行ったときにふらっと入ったお店で近しいものを感じることはあるんですが、外食でおいしいものを食べていてもなかなかその感覚は得られません。もちろん東京ではお金を払えばある程度おいしいものは食べられますが、子供の頃から育まれてきた個々人の好みを満足させることは意外と難しいのかな、と。
ドミニク 
ぼくの周りにはコロナ禍で仕事がリモート化したことで拠点を地方に移した人が何人かいるのですが、なかにはおいしい食材に近いところで暮らしたいと考えている人もいました。東京だとどうしても食材の産地から離れてしまいますから。
永山
東京だとミシュランの星がいくつとか情報に気をとられることも多いですしね。おじいちゃんやおばあちゃんがふらっと料理を出してくれるようなお店を見つけられると、食事の向こうに人が見えてたまらなく嬉しいですよね。
ドミニク
料理を通じて食事にまつわる情報に縛られなくなると、きちんと料理のおいしさと向き合えるようになるのかなと。自分の体で味わえるようになるし、その感覚もどんどん進化していく。永山さんも新潟のお米や鹿児島のお酒など自分のルーツがわかると、近いものに体が反応するようになって自分の感覚もアイデンティティも変わっていくのかもしれませんね。
ドミニクさんが昨年上梓した『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)では、ぬか床も含め、自分とは異質な他者と「対話」するための取り組みが取り上げられている。

時間を超えて人をつなぐぬか床

B
ドミニクさんがおっしゃるような自分の変化に気づけると、料理の見方も変わりそうです。もっと積極的に料理を考えられるようになるし、知識や技術が身につくと表現の幅も広がりますよね。

ドミニク
ぼくの妻もそうですが、料理好きの人は「お客さん」から「研究者」になりますよね。かつて(リチャード・P・)ファインマンという物理学者が「私は自分につくれないものは理解できない」と言っているのですが、料理も同じで、つくってみて初めてわかるところが大きいですね。
永山
面白い。楽しみ方が変わっていくわけですね。
ドミニク
それは芝居や映画などあらゆる表現も同じかもしれません。自分で舞台に立ったり脚本を書いたりしたことがある人は、批評眼が変わりますよね。知識と経験、そして技術が豊かになると楽しみがより一層深くなっていく。料理もおいしさと同じように短い時間と長い時間があって、瞬間的なおいしさを追求することもあれば健康など長期的な価値を求めることもある。

B
誰かの料理を自分が真似してつくることは味をコピーすることではなくて、味をリミックスすることでもありますよね。料理も受け継がれていく過程でいろいろな味の感覚がミックスされて進化していく。ドミニクさんが研究されているぬか床も家族や人を介してどんどん変わっていくものですよね。

ドミニク
ぬか床はヤバいんですよ! 永山さんの家族はぬか床をつくられていましたか?
永山
いや、うちではつくっていませんでしたね。「ぬか床はヤバい」と言われるとすごく気になってきます(笑)。
ドミニク
人間の皮膚には常在菌という微生物がたくさんついていて、ぬか床を手で混ぜることでその微生物が乳酸菌や酵母と混ざってその人の家独特の風味をつくっていくといわれるんです。
永山
すごい……。
ドミニク
この現象を科学的に研究したいと思っています。まったく同じぬかで水と塩の量も揃えてもぼくと永山さんではまったく異なる味のぬか漬けが出来上がる。ぼくはそれを知って感動してしまって。しかも菌たちはローカルな存在です。たとえば岐阜県のある場所にしかいない乳酸菌などもいて、地域によっても味が変わるという。
永山
レアな乳酸菌が高く売られるかもしれないですね。
ドミニク
いつかそういう時代が来るかもしれない(笑)。常在菌も家の立地によって変わるし、公園で散歩するだけでぬか床も変わっていきますから。
永山
家に帰ってきて「今日はここに行ってきたぞ~」と言ってぬか床に手を突っ込むみたいな(笑)。
「まずは失敗することから始めてみます」とぬか床に興味津々の永山さんは、撮影中もドミニクさんとぬか床の育て方について語っていた。

B
もちろん新型コロナウイルスの感染予防のために殺菌は重要ですが、ぬか床を考えてみると人間に有益な菌の重要性を考えさせられます。ひとくちに菌といっても、人それぞれ異なる菌に囲まれながら生きているし、必ずしも無菌社会が素晴らしいわけではないのだなと。

ドミニク
夫婦や子供などぬか床をかき回す人が増えるとその分微生物が混ざるので、ぬか床が家族全員のコピーのような存在になるんです。おすそ分けをしたらご近所さんと分子レベルでつながるわけで、もはやSFですよね。
永山
いやあ、面白いです。植物でもペットでもないのにかわいいし、食べられるというのが面白い。ぬか床に終わりはないんですか?
ドミニク
終わりはないです。100年モノのぬか床もありますから。ぼくの夢の一つは、子供に50年モノのぬか床を渡すことなんです。
永山
ロマンティックですね。腐らせないようにしないと。いいとこまでいったのに腐らせてしまったら……。

ドミニク
ぬかロス」ですね(笑)。でも、これもウェルビーイングとつながっています。ぬか床の微生物が家族やご近所さんの体の中に広がっていくように、わたしたちの体は料理や食事を通じて重なり合っているんですよね。それはアジア圏の人々のウェルビーイング観でもあるんです。欧米は個人主義的で自分の幸福は自分のおかげだと考える人が多いのですが、アジアの人々は自分が幸福なのは運がいいからだと考える。それは自分の存在を人のつながりのなかで捉えることです。
永山
アジア的な価値観なんですね。いやー、面白いです。ちょっと個人的にいろいろ質問してみたくなってしまいました(笑)。ぬか床、絶対やってみます!

対談を振り返り、ドミニクさんは「ぼくは森羅万象すべては発酵していると思っている」と語った。料理も食事もぬか床も、人とのつながりのなかで常に発酵するように変わり続けるものであり、同じところにとどまることはない。そこには正解もなく、数値化して比較することすら難しい。むしろ、正解がないなかで自分の感覚と向き合い続けることこそが料理の楽しみなのだろう。そこには、心身の状態を整え理想的な「健康」を目指すのではなく、それぞれが人との交わりのなかで自分だけの健康や幸福を目指していく新たなウェルビーイングの可能性があるのかもしれない。

永山さん衣装・ジャケット¥107,800 シャツ¥36,300 パンツ¥49,500(すべてN21 電話 03・3746・0021) シューズ、ソックス*スタイリスト私物

会員登録でもっと便利に

保存した記事はPCとスマートフォンなど異なる環境でご覧いただくことができます。

保存した記事を保存期間に限りなくご利用いただけます。