シンプルだからこそ奥深い調理法「焼く」。バーベキューやキャンプでは、野菜を焼くだけ、お肉を焼くだけでも十分ごちそうですが、家庭で焼いて食べようと思うと火加減などが難しかったりします…。「家庭でおいしく食材を焼くにはどうしたらいいのだろう?」と疑問に思った編集部は、味の素社の研究者で調理科学者の川崎さんを訪ねました。
「焼く」という調理法と、仕上げの塩だけで素材の味を最大限に引き出す方法を調理科学の視点で解説しながら2回にわたってご紹介します。
第1回目の本記事では、水分が多く焼き加減が難しい、キャベツ、まいたけ、ナスをおいしく焼く方法をご紹介します。

インタビューした人
味の素社 研究者
川﨑 寛也さん
博士(農学)、味の素(株)Executive Specialist、NPO法人日本料理アカデミー理事 調理科学者、感覚科学者。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。専門は、おいしさの科学、プロの調理技術の解明など。主な著書に『味・香り「こつ」の科学』『おいしさをデザインする』『だしの研究』(以上、柴田書店)、『日本料理大全 だしとうま味、調味料』(NPO法人日本料理アカデミー)ほか。
- 「焼く」の科学。食材の表面で起こる“おいしさの化学反応”
- 素材の個性を活かす、焼きの“極意”を知ろう!
- シンプルな仕上げでも十分おいしい!
01
「焼く」の科学。食材の表面で起こる“おいしさの化学反応”

──そもそも「焼く」とは、調理科学的に見てどういうことなのでしょうか?
川崎さん:「焼く」とは、実は食材の表面に“調味料”を作り出す過程なんです。焼くことで食材の表面においしさの要素が凝縮されるんですよ。そもそも調味料の基本は塩です。そして醤油や味噌、西洋料理のソースや中国料理の醤(ジャン)などは、塩とうま味成分と様々な香り成分が含まれています。
焼くことで食材には大きく分けて3つの化学変化が起こります。
- 食材の軟化:90度以上の熱で、野菜なら細胞壁をつくる成分の「ペクチン」が溶けて柔らかくなります。お肉なら、たんぱく質が変性して食べやすい状態になります。
- 味の濃縮:水分が蒸発することで、うま味成分が表面に濃縮されます。これが、焼いた食材が塩だけでも美味しく感じる理由です。
- メイラード反応:これが焼き料理の醍醐味と言えるでしょう。食材の表面でアミノ酸と糖が反応して、香ばしい香りと複雑な味わい、そして美しい焼き色が生まれます。「 玉ねぎを飴色になるまで炒めましょう」とあるのは、この反応を狙ってのことです。
つまり「焼く」ということは、食材の中をやわらかくしながら、表面に濃縮された味と香りの層を作り出すこと。これは、まるで食材に「最高の調味料」をまとわせているようなものなんです。

──「焼く」とひと言で言っても、複雑な反応が起きているんですね。上手に焼くにはどうしたらよいのでしょうか?
川崎さん:おいしく焼くには、これら3つの反応をうまくコントロールすることが大切です。つまり、焼きの成功を見極めるポイントは、やわらかさと表面の焼き色。焦がしすぎず、かといって色づきが足りないということもなく、ちょうどよい焼き加減を見極められるかがおいしさを左右します。
面白いことに、この「ちょうどよい焼き加減」の感覚は文化によっても違うんですよ。例えば、フランス人は日本人より濃い焼き色を好む傾向があります。日本人が「ちょっと焦げているかな」と感じる程度の焼き色でも、フランス人には「ちょうどよい」と感じられるそうです。
02
素材の個性を活かす、焼きの“極意”を知ろう!
●キャベツの焼き方
川崎さん:キャベツの焼きの極意は、蒸し焼きにすること。今回のように1/8サイズと、厚めに切った場合、中まで火が通りにくいので蒸し焼きにすることで中にしっかりと火が通り、やわらかくなります。

<下準備>

今回はステーキのように、ナイフとフォークで食べることを想定し、1/8程度に大きくカット。
<焼き方>
1.フライパンにオリーブオイルを大さじ2ほど入れて熱します。フライパンがあたたまったら、断面を下にキャベツを置き、中火で焼きます。

2.フライパンに水を約50cc入れ、ふたをして中火で蒸し焼きにします。

川崎さん:蒸し焼きにすることで水分が蒸発して熱が全体に行き渡り、しっかりと中に火が通ります。中に火が通るまでは5分前後。春キャベツの場合は水分量が多いので水を入れなくてもOKです。

ふたを開けて裏返すと……断面にうっすらと焼き色が!
3.中に火が通り、キャベツがやわらかくなったら、裏返しもう一度ふたをして中火~強火で水気を飛ばします。
川崎さん:水気を飛ばすことで表面が乾燥し、一気に焼き色がついていきます。ただし、火が強すぎると焦げるので、焦げないように様子を見ながら行いましょう
4.1分ほどしたらふたを開け、オリーブオイルをひと回し追加しましょう。火が強ければ中火に弱めて、キャベツの全体にまんべんなく焼き色を付けていきます。

川崎さん:油を足すのは、キャベツの表面に満遍なく焼き色がつくように。また、キャベツとフライパンが接している部分は温度が下がるので、たまにキャベツを移動してフライパンの温度が高い部分に触れさせると効率よく焼けますよ。焼き色がついたら芯に包丁を刺して火が通っているか確認しましょう。スッと刺されば火が通り、やわらかくなっているサインです。
5.一見「焼き過ぎた!?」と思うくらいが香ばしさを感じる焼き加減なんだとか。思い切ってトライしてみましょう!最後は 器に盛り、仕上げにお好みの量の塩を振りかけます。

●まいたけの焼き方
川崎さん:まいたけの焼きの極意は、水分を保持しつつ、いかに表面をパリッとさせるか。中途半端に火が弱いとどんどん乾燥していくので、ジューシーかつカリッとさせるために強めの中火で焼きましょう。しいたけや、えのきなど、他のきのこも同様の方法でおいしく焼けますよ。

<下準備>
きのこは洗わずに、手で食べやすい大きさに割きます。あまり小さくしない方が、上手に焼けます。

<焼き方>
1.フライパンにオリーブオイルを大さじ1ほど入れて熱します。フライパンがあたたまったら、まいたけができるだけ重ならないように並べて強めの中火で焼きます。

2.片面ずつ、ヘラを押し付けて焼きます。焼き色がついたら、裏返して反対側も同様に焼きましょう。

川崎さん:まいたけは表面がデコボコしているので、均一に焼けるように “押し付けながら”焼くのがポイントです。
3.ほどよく水分はキープしつつ、カリッと焼けました!器に盛り、仕上げにお好みの量の塩を振りかけます。
●ナスの焼き方
川崎さん:ナスの焼きの極意は、皮と身に切り込みを入れてから焼くこと。皮が硬いのに身はスポンジ状で93%以上水分を含むナスは、皮を焼いて柔らかくし、身の水分を生かして蒸すように焼くとトロトロになりますよ。

<下準備>
1.「がく」の部分に包丁をぐるりと一周入れて切り取ります。その際、「へた」は残したままでもOK。

2.縦半分に切ったら、皮と内側の表面に切り目を格子状に入れます。特に、内側は刃を立てて、包丁を引くように動かすときれいにできます。

川崎さん:皮が硬いナスは切り目を入れることで火が通りやすくなります。内側はやわらかいですが、スポンジ状に空気が入っているため火が入りにくいという特徴が。皮よりも少し深めに包丁を入れると火が通りやすくなり、しっとりやわらかく仕上がります。
<焼き方>
1.フライパンにオリーブオイルを大さじ2ほど入れて熱します。フライパンがあたたまったら、皮を下にして中火~強火で焼きます。

川崎さん:ナスの紫色は、ナスニンという成分によるもの。ナスニンは水溶性で熱に弱いため、短時間で火を通さないと色が溶け出してしまいます。そのため、多めの油で皮側から先に焼くのがポイント。こうすることでナスの色を損なうことなく焼けます。

2.焼き色がついたらナスを裏返して弱火にし、ふたをして蒸し焼きに。身の部分を焼いていきます。その際、身の部分が乾燥しているようであれば、油を足します。(※身がスポンジ状のナスは油の吸収率が良いので最小限にしましょう)

川崎さん:ナスは水分が多いため、蒸し焼きの際に水を加えなくてOK。とろっとした食感にするために、弱火にしてじっくりと火を通します。
3.こんがりキツネ色になったら、完成! 器に盛り、仕上げにお好みの量の塩を振りかけます。

03
シンプルな仕上げでも十分おいしい!

──試食して驚いたのが、塩だけでこんなにおいしくなるということ。焼き方で味や香り、見た目まで大きく変わるんですね。
川崎さん:冒頭でお話したように、焼くというのは素材の表面に調味料を作り出している状態です。ということは、きちんと焼けばそのままでももちろんおいしい。そして、塩をかければさらにおいしさが引き立ちます。
塩には「対比」といって、しょっぱさの反対にある「甘味」を引き立てたり、「うま味」を強く感じさせる力があるので、ぐっと風味が増すんです。スイカに塩を振ると甘く感じるのをイメージしてもらうと分かりやすいと思います。
調味料というのは、「食材をおいしくするもの」という原則があります。食材をおいしくするために足りない要素を補うという意識が重要。調味料が過剰になってはいけないのです。

「調理は、食材という自然との対話のようなもの」だと川崎さんは言います。「食材の特徴を知り、食材の様子を見ながら焼く。少し手間は掛かりますが、そうして“対話”しながら調理することで素材本来の味を楽しむことができる。これって実はすごく贅沢な楽しみ方ですよね」と微笑む川崎さん。
季節は食欲の秋。焼くことを通じて野菜との対話を楽しみ、その魅力を再発見してみてはいかがでしょうか。
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