「味付け、これでいいのかなぁ」と、なんだか自信が持てないまま、日々の料理に向き合っているときがあります。味やレパートリーも似てしまって、なんだか自分で作るものに飽きてしまったり。もっと料理や食事をポジティブに楽しむコツはないものか……。
そこへ、一筋の光を当ててくれたのが、“超料理マニアな料理人”こと東山広樹さん。著書『スーパーの食材で究極の家庭料理』(大和書房)では「長年の経験や特別な技術がなくてもおいしい料理を作れる」という調理科学のおもしろさに併せて、東山さん流のレシピを紹介。SNSの投稿でも、お腹が空くような料理の写真やレシピに、多くの反響が寄せられます。
子どもの頃から料理好きだった東山さんも、かつては自分の料理に飽きてしまったことがあるそう。それを乗り越えられたのは、調理科学がきっかけだと言います。
東山さんが実践した「料理が上達するステップ」は、毎日をもっとわくわくするためのヒントにあふれていました。
インタビューした人
超料理マニアな料理人
東山 広樹さん
1986年生まれ、埼玉県出身。東京農業大学醸造科学科卒業。人材派遣会社での勤務を経て、食の総合出版社「柴田書店」へ転職し、幼少の頃からの趣味である料理についての学びを深める日々を送る。料理を学ぶほど「料理人になりたい!」という夢が諦めきれなくなり、汁なし担々麺専門店「タンタンタイガー」を創業。現在は株式会社マジでうまい代表取締役。「超料理マニアな料理人」として会員制レストランを主宰、飲食業のレシピ開発などを行っている。SNSで発信する料理やグルメの投稿も大きな反響を呼んでいる。近著に『マニアック家中華』(ダイヤモンド社)。
- 調理科学が、料理の「飽き」を変えてくれた
- 1年半繰り返した、一汁三菜の「修行」
- ひたすら味見!過程も味見!「舌のストック」をためていこう
- 「マジでうまい」の感動をずっとシェアしていきたい
01
調理科学が、料理の「飽き」を変えてくれた
──昔から料理は好きでしたか?
東山さん:高校生の頃は「自分で自分を喜ばせるために」料理をしていましたね。自分がおいしいと思えるものを、とにかくたくさん食べたかったんですよ。ごはんを5合炊いて、豚こま肉のお得用パック700gをぜんぶ入れた野菜炒めを添えたり(笑)。
漠然と「料理に携わる仕事がしたいな」という想いはあったのですが、大学へ進む友人たちを見ていると、料理人になる勇気が持てなくて。ただ、食から完全に離れてしまうのも気が引けたので、味覚についての講義などもあった東京農業大学の醸造科学科に進学しました。大学時代は「ラーメン二郎」某店でアルバイトしたり、料理との接点は多かったですね。
卒業後の進路を考えたとき、自分はあまのじゃくなところがあって、“農大卒から研究職”という真っ直ぐなルートに乗る気になれませんでした。「料理は趣味でいいか」と、人材派遣会社に勤めました。
──趣味としての料理は楽しめましたか?
東山さん:仕事が忙しくて、料理する機会も激減しちゃって。平日は終電近くまで働いて、土日も毎週作るわけでもない。そうすると、料理の勘がどんどん鈍ってしまう……。次第に、おいしいものを作れなくなってきたことで、自分で作る料理にも飽きてしまったんです。
──その「飽き」を、どうやって乗り越えたのでしょう?
東山さん:食のプロが読むような『月刊専門料理』という雑誌で、調理科学を知ったのが大きかったですね。当時は「低温調理」など、調理科学の元となるような記事が出始めていた頃でしたが、まだまだメジャーな考え方ではありませんでした。
シェフの水島弘史さんの『強火をやめると、誰でも料理がうまくなる!』(講談社)や、料理研究家の樋口直哉さんが調理科学について寄稿していた、服部栄養専門学校の「食育通信online」といったウェブメディア(※現在は閉鎖)をよく読んでいましたね。
僕にとって調理科学は、子どもが「新しいおもちゃ」を手に入れたような興奮がありました。たとえば、塩加減なんて熟練の職人にしかわからないものだと思っていたけれど、実は「食材の重量の1%」で味が決まる。そんなふうに料理にも理論があるなら、自分でもまたおいしく作れるかもしれないと思えたんです。実際に、水島さんや樋口さんに学んだ調理科学でチキンステーキを作ってみたら、まるで外食のようにジューシーで、マジでうまかった!そこから改めて料理にハマっていきました。
02
1年半繰り返した、一汁三菜の「修行」
──調理科学との出会い以外にも、料理の上達につながった経験はありますか?
東山さん:学びという意味では、食の知識を深めながら働ける場所を求めて、 “食の総合出版社”として知られる柴田書店へ転職したことも一つです。
柴田書店は、これまでの刊行物が読み放題の環境でした。休み時間も自宅に帰ってからも読み続けて、とんでもないインプットになりました。どこかへアウトプットしないと頭がパンクしてしまう!と始めたのが料理ブログの「Cooking Maniac」です。備忘録のつもりが、次第に読んでくれる人が増えていって、今でもブログがきっかけの出会いがありますよ。
あとは、やっぱり自分のお店を持ったことですね。汁なし担々麺専門店の「タンタンタイガー」を創業して、お客さま相手に料理でお金をいただく経験ができたのはもちろんですが、実は昼休みに「修行」を繰り返していました。
──修行、ですか。
東山さん:あるときに、僕は「作れる料理のバランスが悪い!」って気づいたんです。なにか一つにのめり込む性格もあって、店を持つくらいに担々麺や麻婆豆腐といったレシピには自信があっても、きんぴらごぼうや卵焼きといった小鉢料理が全然おいしくできなくて。
そこで、2時間あった昼休みを利用して、「この2時間で一汁三菜の昼食を作ろう」と自主的に始めてみました。一汁三菜はとても優れたフォーマットで、うまくできるとバランスのよい献立にできますからね。
──どうやって一汁三菜の献立を学んでいきましたか?
東山さん:たくさんのレシピ本です。僕が大切に考えたのは、とあるレシピだけを作れるようになるのではなく、レシピの「共通項」を探し出すこと。共通項がわかれば、材料や環境が変わっても、自分なりにおいしく作れるだろうと考えたんです。
2時間の休憩時間に、読んでは作り、読んでは作りと1年半ほど繰り返すと、知識もつきましたし、だんだんと「レシピの勘所」がつかめてきました。たとえば、煮物ならしょうゆとみりんの割合をどうするか。しょうゆとみりんが1対1のレシピをまず試してみて、自分としては「みりんが立ちすぎて甘いな」と感じれば、しょうゆを増やして2対1にしてみる。
調味料の比率を覚えれば、その他の料理にも応用がききます。今では、だいたいの味付けを比率で決められるようになって、新しいものを作るときにも迷わなくなりました。
03
ひたすら味見!過程も味見!「舌のストック」をためていこう
──普段からの心がけで、料理が上達するポイントはありますか?
東山さん:「味見」をたくさんすることです。たとえば、和風ドレッシングを作ろうとして、構成する調味料はしょうゆ、みりん、酢、砂糖、オイルだとしたとき、それら5つを混ぜた段階で味見をしていませんか?僕は、しょうゆとみりんを合わせたら味見をして、そこへ酢を足しても味見をします。
レシピには「30分煮込む」と書いてあっても、味見をしたら「20分の段階でうま味のピークは出ていたな」と感じるかもしれない。そうしたら、次に作るときには「20分煮込む」想定で、自分なりにもっとおいしくできる方法を試してみます。
なにかを作る過程の味も、全部が舌に「ストック」として残ると思うんですよ。なんなら、そういった舌の経験値を増やすことのほうが大事と言えるくらいです。
──言われてみたら、味見は仕上げの段階ばかりでした……。
東山さん:「料理がうまい」を言い換えるなら、「味見をして、次に何をすべきかがわかる」も要素の一つだと思います。調味のバランスを取るための手数や想像力の引き出しが多く、適切に取捨選択できる、ということですから。
04
「マジでうまい」の感動をずっとシェアしていきたい
──東山さんのSNSを見ると、料理や食事を本当に楽しんでいることが伝わってきます。
東山さん:僕はいま、「料理がおいしく作れるようになる→嬉しくてまた料理がしたくなる→料理をする回数が増える→前よりもっとおいしい料理が作れる」という好循環の中にいられています。さらに、他人にも食べてもらう機会が増えると、自分が「マジでうまい」と思った料理を媒介として、感動や感想をシェアできる喜びもわかるようになりました。
この喜びが、僕にとってはすべての原動力です。SNSへレシピを載せたり、おいしかったお店を紹介したりするのも同じ。投稿に「おいしかったです!」とコメントをもらい、僕もそれに「うまいですよね!」なんて返すとき、喜びを分かち合えたようで一番うれしい。これからもずっと、感動をシェアしていきたいです。
あとは、おこがましい話ではありますけど、日本の飲食業界へ恩返しをしたい気持ちもあります。そのために「株式会社マジでうまい」を立ち上げたのですが、企業理念は「マジでうまいものを作る」だけ(笑)。
いろいろと海外へ出て料理を食べまくってみても、日本が世界に誇るコンテンツとして「食」の可能性は大きいです。僕もそれに少しでも貢献したい。だから、レシピや飲食店だけではなくて、いつかは自分の食品工場を持つのが夢ですね。
製法や保存性など、従来ある制約を超えた「マジでうまい」ものができたら、もしかしたら日本中に、それこそ世界中の人とも、僕の料理から生まれる感動をさらにシェアできるかもしれないですから。
そんなふうに料理し続けて、マジでうまいものを作って、「よい人生をまっとうした!」と思いたいんですよ。
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