「水気を切る」「浅めのフライパンで」「しょうゆを回しいれる」「ほどよく煮込む」…など、レシピには当たり前のように書かれている言葉の数々。でも、実際にどうすればいいの?
新連載「レシピのスキマ」では、そんなレシピからこぼれ落ちてしまう「大切なコツ」を調理科学で解き明かしていきます。
第1回は「水溶き片栗粉」について。読者の皆さんから「うまく固まらない」「ダマになる」と多くの失敗談が寄せられたテーマです。実はちょっとした工夫でこうした失敗は防げるんです。味の素社の研究者で調理科学者の川﨑さんに、レシピには書ききれない調理のコツを教えていただきました。


インタビューした人
味の素社 研究者
川﨑 寛也さん
博士(農学)、味の素(株)Executive Specialist、NPO法人日本料理アカデミー理事 調理科学者、感覚科学者。生家は明治20年創業の西洋料亭「西洋亭」(北海道・根室で創業。現在は廃業)。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。専門は、おいしさの科学、プロの調理技術の解明など。主な著書に『味・香り「こつ」の科学』『おいしさをデザインする』『だしの研究』(以上、柴田書店)、『日本料理大全 だしとうま味、調味料』(NPO法人日本料理アカデミー)ほか。研究分野は、おいしさの科学、プロの調理技術の解明、食の体験と心理的価値の関連解明など。
- 教えてください!とろみがつくメカニズム
- ポイント1:片栗粉の量は「料理全体の液体量」で決める
- ポイント2:片栗粉を入れる「前」に味を決める
- ポイント3:片栗粉を加えたあとはよく加熱する
- ポイント4:とろみは一度で決めなくてよい
- ポイント5:「分散」させること
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教えてください!とろみがつくメカニズム
とろみづけのために、多くの料理で使われる片栗粉。そもそも何からできているのでしょうか。商品パッケージの裏面を見てみると、「原材料名:馬鈴薯(ばれいしょ)でんぷん」と書かれています。
川﨑さん「馬鈴薯とはじゃがいものことです。すりおろしたじゃがいもを、さらしなどで包んで水にひたし、でんぷんを抽出、乾燥させたものが片栗粉になります。ユリ科の植物である『カタクリ』の根を原料としていたのが名前の由来ですが、現在はほとんどの片栗粉がじゃがいもからできています。とうもろこしから作るコーンスターチや葛からできる葛粉などもとろみづけに使えますが、なかでも片栗粉は、水を吸って膨らむ力が強いのが特徴。そのため、少量でもしっかりしたとろみがつけられるんです」

レシピを見ていると、「水溶き片栗粉でとろみをつける」という一文がよく登場します。片栗粉を料理に直接加えるのではなく、「水溶き片栗粉」を用いるのはなぜでしょうか。
川﨑さん「でんぷん(片栗粉)に水を含ませることで、具材と合わせた際にムラなく行き渡りやすくなるからです。そのまま入れてしまうと、性質上、固まりやすくダマになってしまいます。
とろみがつくという仕組みを調理科学的に見ると、でんぷんが水と熱によって変化する過程で、2つの現象が起きています。
1つ目は膨潤(ぼうじゅん)。でんぷんの粒子が水を吸収して膨らんでいくことです。事前に水溶きにすることで、より膨潤を促せます。2つ目が糊化(こか)。片栗粉の糊化温度は他の穀類でんぷんと比べても比較的低く、約58℃〜62℃の範囲で急速に進みます。しかも、糊化しやすいため、短時間で効果的にとろみをつけられるのです。 つまり、きれいなとろみを出すためには、でんぷんに水を含ませ、熱を加える工程に気を配ることが大事です」

「よし、水で溶いて、しっかり熱を加えればいいんだな」。そう思って、今まさに水溶き片栗粉を鍋に入れようとしている方……待ってください!
準備から火加減、入れ方まで、実は5つの「失敗を防ぐポイント」があります。ここからは、お手本レシピとして「卵とニラの中華スープ」と「白菜と豚肉のうま煮」を実演しながら解説します。どちらもページの最後にレシピを掲載していますので、ポイントを踏まえてお試しください!
02
ポイント1:片栗粉の量は「料理全体の液体量」で決める

川﨑さん「まず大切なのは、料理全体の液体量から使う片栗粉の量を計算することです。スープなら液体全体量の1〜2%、うま煮など炒め物は3%を目安に調整します」
例えば、スープの場合は300mlの水に対して3〜6g、うま煮の場合は、水・しょうゆ・酒などの液体を合わせた300mlに対して9gが目安となります。ただ、とろみ具合は好みもあるので、目安から増減させて調整していくつもりでいましょう。
量を決めたら、次は水溶きの準備です。

川﨑さん「片栗粉を溶く水は分量外で構いませんが、基本的な比率は片栗粉と水が1:1です。慣れないうちは片栗粉と水を1:2の割合で混ぜてもいいでしょう(※)。例えば、片栗粉大さじ1に対して、水大さじ2を混ぜます。必ず調理前に水溶きし、膨潤させておきましょう。できるかぎり水を含ませておくことで、とろみがつきやすくなります」
※水分が多いと温度が上がるのに時間がかかり、とろみがつくのがゆっくりに。水を多めにすることで焦らず作業できる。
加える片栗粉の量で、どれほどとろみ具合が変わるのか。以下の写真を見てみてください。


比べて見ると、片栗粉を液体量の3%の割合で入れた方は白濁し、表面に泡がしっかりと形を保って浮かぶほどとろみがあります。
スープやあんかけはサラッとした口当たりを残すためにも片栗粉は1〜2%と抑えめに。一方、炒め物やうま煮は酢やしょうゆといった調味料が片栗粉の糊化に影響し、粘度を下げる作用があるため、3%程度の量を目安にするほうがうまくいくのです。
とろみがあるとうまくいく料理の一つが、卵スープです。

仕上がりが全然違いますね!とろみを先につけた方が、溶いた卵がひらひらと器全体に広がってきれいです。試食したところ、口当たりもなめらかでした。
03
ポイント2:片栗粉を入れる「前」に味を決める
スープや炒め物の調理で、水溶き片栗粉はどのタイミングで加えるのがベストなのでしょうか。
川﨑さん「ベストなタイミングは、料理がほぼ完成しているときです。具材を炒めたり、煮たり、味付けをしたりしているときは、まだ入れないでくださいね」

川﨑さん「水溶き片栗粉を入れてしまうと味の修正がきかないので、入れる前によく味見をしましょう。最後に味を足すとしても、ごま油などを使った香りづけだけです」

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ポイント3:片栗粉を加えたあとはよく加熱する
具材に火が通り、味つけも決まりました。いよいよ、水溶き片栗粉の出番です。
川﨑さん「鍋に加える前に、2つやっておくことがあります。まず、水溶き片栗粉をもう一度よく混ぜておきます。片栗粉は重さがあるので時間が経つと沈殿しやすいからです。そして、料理が煮立っている状態で、火は弱火にします」


川﨑さん「水溶き片栗粉を少しずつ加えながら、絶えずかき混ぜましょう。ダマの防止につながります」

川﨑さん「そうしたら、混ぜながら火加減を強くします。大事なのは糊化するまでしっかり加熱することです。『入れたらすぐに火を止めなくては』と思う方もいらっしゃると思いますが、加熱が不十分だと糊化しない、つまりとろみがつかなくなってしまいます。フツフツと煮立たせましょう」

とろみが出てきても、すぐに火は止めないとのこと。ツヤと透明感が出るまで加熱を続けることで、とろみが戻らず、安定した状態になるそうです。
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ポイント4:とろみは一度で決めなくてよい
とはいえ、最初から理想的なとろみ具合をつけるのはなかなか難しいものです。片栗粉の割合も目安はあっても、好みもあって、それぞれの「ベスト!」も違うもの…。
川﨑さん「とろみ具合は、一度で決めようとしなくて大丈夫ですよ。とろみ具合を見てから、足りなければ水溶き片栗粉を追加しましょう。ただ、追加で加える時は、必ず火を止めてから加えます。温度が高くなっている状態で、加熱しながら入れると固まりやすく、ダマになりやすい。なので、火を止めて温度を少し下げることによって、鍋にまんべんなく行き渡るようにします」

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ポイント5:「分散」させること
とろみの調整にくわえて大事なのが、水溶き片栗粉の入れ方です。よくある失敗として、一部分だけダマになってしまうことがあります。

これは、沸騰した状態の鍋の一か所にドバッと入れてしまうと起こります。片栗粉は60℃以上で糊化してしまう性質があるためです。
川﨑さん「そこで大事なのが『分散させる』ことです。糸を引くように回し入れ、素早くかき混ぜます。このとき箸よりもお玉やヘラを使うのがおすすめです。そうすることで、鍋の中で上下左右に液体が循環する『対流』が起きやすくなり、片栗粉が均一に広がってきれいなとろみができます」

今回ご紹介した水溶き片栗粉のコツは、一見細かく感じるかもしれません。でも、川﨑さんは「料理は細かい工夫の積み重ね」と話します。水を含ませるタイミング、火加減、入れ方……。一つひとつの手間が美味しさの違いを生み出していきます。
川﨑さんの手さばきが垣間見えるショート動画もぜひチェックしてみてくださいね。
@ajinomotopark_official 片栗粉のとろみの付け方を調理科学的に教えてもらいました! 詳しくはAJINOMOTO PARKの記事へ #片栗粉 #自炊テクニック #料理 ♬ オリジナル楽曲 – 【公式】味の素パーク
「卵とニラの中華スープ」と「白菜と豚肉のうま煮」は水溶き片栗粉の扱いを学ぶのにうってつけの料理です。今回のポイントを復習がてら作ってみてくださいね!作ってみた感想や、うまくいったところ、失敗談などぜひ下記のコメント欄で教えてください。調理科学で解決したい「レシピのスキマ」もリクエストいただけたら嬉しいです!
卵とにらの中華スープ
材料&調理手順
材料(2人分)
- にら
- ¼束
- しいたけ
- 2枚
- 溶き卵
- 1個分
- A:水
- 300ml
- A:「丸鶏がらスープ」
- 大さじ1/2
- 片栗粉
- 小さじ2(6g)
- ごま油
- 小さじ1
下準備
・片栗粉と水(分量外)をよく混ぜて「水溶き片栗粉」をつくる
- しいたけは薄切りに、にらは4cmの長さに切る。
- 鍋にAを入れて火にかけ、煮立ったら(1)のしいたけとにらを加えて煮る。
- 煮立ったら火を弱火にし、溶き直した水溶き片栗粉を加えてもう一度中火にもどし、かき混ぜながらとろみをつける。
- 溶き卵を回し入れて、ゆっくりとかき混ぜ、ごま油を加える。
白菜と豚肉のうま煮
材料&調理手順
材料(2人分)
- 豚バラ肉(薄切り)
- 60g
- 白菜
- 120g
- にんじん
- 35g
- しょうが
- 1かけ
- 白ねぎ
- 50g
- A:酒
- 大さじ2
- A:しょうゆ
- 大さじ1
- A:砂糖
- 小さじ1
- A:オイスターソース
- 小さじ1
- B:水
- 250ml
- B:「味の素KK 中華あじ」
- 小さじ1
- サラダ油
- 大さじ1
- 片栗粉
- 大さじ1(9g)
- ごま油
- 小さじ1
下準備
・片栗粉と水(分量外)をよく混ぜて「水溶き片栗粉」をつくる
- 豚バラ肉、白菜、にんじん、しょうが、ねぎを食べやすい大きさに切り、フライパンにサラダ油を入れ中火で熱し、豚肉を焼く。
- (1)にしょうがとねぎを加え、香りをだしたら、にんじん、白菜の順に加えて炒め合わせる。
- 油が回ったら、Bを加えてさらに炒める。
- Aを加えて強めの中火にして煮る。
- 火を弱火にし、水溶き片栗粉を溶き直し、回し入れたあと、全体を混ぜる。
- 再び中火にかけ、全体をかき混ぜながらとろみをつける。
- 仕上げにごま油を加え、サッと混ぜ合わせる。