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焼き加減は「音」が教えてくれる。料理大好きな全盲のみきさんに聞く「音でみるレシピ」

焼き加減は「音」が教えてくれる。料理大好きな全盲のみきさんに聞く「音でみるレシピ」

2025/04/17

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みなさんは、普段どんなレシピサイトを使っていますか?

調理工程をたくさんの写真付きで解説されているもの、動画メインで全体の流れや動きを把握しやすいものなど、ここ数年はより視覚的にわかりやすいものが増加傾向です。

そんな中、あえて動画やビジュアルを極力省いた、ちょっと珍しいレシピサイトが登場しました。その名も、「音でみるレシピ SOUNDFUL RECIPE」(以下、サウンドフルレシピ)。

音声読み上げを前提にしたUI/UX設計、「きつね」色などの視覚に依存したレシピ表現の変換、音声コラムによる作り方のポイントが特徴の、新感覚レシピサイト。弱視の方が使いやすいよう、黒をベースに白い文字でレシピが記載されている。
味の素社が新たに立ち上げた本レシピサイトの最大の特徴は、ズバリ「音」。ジュワッ、チリチリ、ヴォコヴォコヴォコーー。料理の過程で聞こえるいろんな「音」に耳を傾けながら楽しむレシピは、どのようにして生まれたのでしょうか。

今回は、「サウンドフルレシピ」の監修に携わった、料理愛好家で全盲のみきさんにお話を伺いました。

インタビューした人

みきさん

飲食店を経営していた両親の影響で、幼い頃から食に興味を持つ。幼い頃から視覚に障がいがあり、現在は全盲に。見えなくなってからも工夫を凝らして料理の時間を日々楽しんでいる。「音でみるレシピ SOUNDFUL RECIPE」では、全体の監修やサイト内の音声コラムを担当。

  1. 料理を音で楽しむようになったのは、「見えなくなってから」
  2. 誰もが使いやすいレシピサイトってどんなもの?
  3. 耳を澄ますと、食材や料理の“おいしい加減”が見えてくる
  4. 失敗は、おいしい料理につながる手がかり

01
料理を音で楽しむようになったのは、「見えなくなってから」

2025年2月に行われた「音でみるレシピ SOUNDFUL RECIPE」イベントの様子

「あ〜お肉と野菜がパラパラっとした音になって、いい香りが立ってきましたね〜おいしそう!」

フライパンで肉野菜炒めを作りながら、笑顔で話すみきさん。喫茶店を営んでいた料理好きの両親の影響で、子どもの頃から食べることや作ることに興味を持って以来、自然と料理をする楽しさを覚えたそう。料理は大好きな趣味の一つになったといいます。

初めて自分で料理をしたのは小学5年生の時、父親の見よう見まねで“目玉焼き”を作ってみたそう

みきさん「子どもの頃から、両親が作るお料理をたくさんのお客さんが『おいしい!』って楽しんで食べている様子がとても好きでした。それに、よく父親に連れられて瀬戸内海で釣りをしたり、祖父がお米や野菜を作っていたりと、ずっと食に囲まれた環境で育ってきたので、『新鮮な食材を調理しておいしくいただく』ということが身に付いたんだと思います」

そんなみきさんは、全盲の視覚障がい者。幼い頃から弱視で、大学生ぐらいのときにはほとんど見えなくなりました。

みきさん「むしろ見えなくなってからの方が、より料理を楽しむようになりました。耳を澄ませると、チャンチャンと油が熱を帯びる様子や、グツグツ、ゴロゴロと鍋の中で煮物が一体となっていく感じ、指先から伝わるみずみずしいお肉や野菜の感触……と、料理は視覚以外でもいろんなことが感じとれるんです」

02
誰もが使いやすいレシピサイトってどんなもの?

みきさんのように目が見えない・見えづらい人の中にも、日常的に料理をする人は少なくありません。ただ、前述のような一般的なレシピは、「一番知りたい材料や作り方にたどり着きにくい」と言います。

みきさん「私たちは、普段からPCやスマートフォンの『音声読み上げ機能』を使ってwebの情報にアクセスします。写真や動画が多いレシピサイトは、目が見える人にとってはわかりやすいと思います。 一方で、私たちが音声で聴き取るには、ページ自体が重くて途中で読み上げが止まってしまったり、関連レシピや広告ページに飛んでしまってサイト内で迷子になってしまったり。そもそも、『きつね色』『焦げ目がついたら〜』という定番の表現も、私たちにはわかりづらいんです」

「サウンドフルレシピ」内には、みきさんが自身の経験をもとに、作り方のポイントを案内する音声コラム付きのレシピも。写真は収録の様子

味の素社は、みきさんのように「視覚に障がいがあっても料理を楽しみたい」という声を踏まえて、2024年から視覚情報に頼らないレシピサイトのあり方についてリサーチを開始。

みきさんも所属する一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(※)の協力のもと、視覚障がいのある方々との対話を重ね、見えない人にとって使いやすく、また、見える人にとっても新たな感覚で料理を楽しめる「音でみるレシピ SOUNDFUL RECIPE」が生まれました。

※障がいの有無に関わらず、互いを認め、助けあう社会を実現するためのさまざまなプロジェクトを企画・開催。みきさんは、東京・竹芝にある暗闇の中のコンテンツ「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」でアテンドを務めている

通常のレシピだと、「g」は読み上げで「ジー」と読まれるため、「100g」を「100グラム」と表示するなど、「サウンドフルレシピ」では読み間違いが発生する表記を変換している

みきさん「私たちの声を反映していただいた『サウンドフルレシピ』は、サイトのつくりがとてもコンパクト(=簡潔)! 知りたい情報にスムーズにたどり着けます。見えない人の中には、最初から『自分に料理はできない』とあきらめてしまったり、レシピ検索が難しくて完成できずに落ち込んでしまったりする人も多いと思うので、ぜひこの使いやすさを体感してみてほしいですね」

03
耳を澄ますと、食材や料理の“おいしい加減”が見えてくる

「サウンドフルレシピ」は、みきさんが台所で調理をする様子が大きな指針となって完成しました。鍋に耳を近づけて、音や香りの変化で食材の加減をはかり、菜ばしから伝わってくる手の感覚で、天ぷらのちょうどいい揚がり具合を見極めます。

みきさん「子どもの頃、父が料理をしている音を聞いて、『おいしそうな音だなあ。あれ、今日はいつもと違う種類の食材を使っているな』と、意識していなかったけど音でいろんなことを感じ取っていました。大学生で一人暮らしを始め、自炊が習慣になってからは、さらに指先の感覚や香りも食材や料理方法によって全然違うことに気づき、料理がより一層楽しくなっていきました」

料理を作る時、いつもみきさんはスマホの音声読み上げ機能でレシピを聴きとりながら、頭の中に「五感イメージ」を膨らませると話します。

みきさん「野菜やお肉はどんなふうに切って、炒めるとまずはこんな音がして、だんだんといい香りがしてきて、このくらい煮込むと今はきっとこんな見た目なのかな……と、料理ができあがっていく過程を五感でイメージするのがおもしろくて!
同じ料理でも、完成までにどんなふうに組み立てていくかは、作る人によって個性が出ると思うんです。そういう意味で、料理は一つひとつにストーリーがあるなあと、今回改めて思いました」

04
失敗は、おいしい料理につながる手がかり

あらゆる感覚を働かせて料理をするみきさんの話を聞き、これまで気づかなかった料理中に起こっている音の変化や香りを、立ち止まって感じてみたくなった今回のインタビュー。

最後に、みきさんは料理をする楽しみをこう語ってくれました。

「サウンドフルレシピ」の立ち上げに携わった、味の素社 マーケティングデザインセンター コミュニケーションデザイン部 クリエイティブグループ 赤坂由美子さん(写真左)。「みきさんとお話したり料理をされたりする姿を見て、私は今までどれだけ視覚ばかりに頼っていたのだろうと、価値観が大きく変わりました。このプロジェクトを通じて、あらためて食の大切さや、お料理がつなぐ人生の豊かさを実感できた気がします」

みきさん「お料理は『失敗するのが怖い』って思いがちですよね。もちろん私も、フリットを作ろうとしたら、アメリカンドッグのような衣になってしまったことや、ハンバーグが崩れたり焼きすぎたりと、失敗はいくらでもあります(笑)。

でも、お料理の失敗って、『次にどう工夫すれば成功につなげられるか』の手がかりなんですよね。目が見える人より成功までのペースはゆっくりかもしれないけど、前回の手がかりをもとに回を重ねるごとに工夫すれば、必ずおいしいものに近づいていける。私の場合、失敗したお料理も『予期せず新しいものが完成した!これはこれでアリ!』と楽しんでいます。

手を切らないように、火が危なくないようになど、そういったサポートもありますし、それもとてもありがたいんです。でも、『サウンドフルレシピ』のように、見えないこと・できないことをカバーするのではなくて、五感を使った料理の新しい楽しみ方や可能性をアシストしてくれるのは画期的で、嬉しかったです。食べることは、毎日必要なこと。ただ、ともするとせわしなく済ませて、何を食べたか覚えていないという人もいるかもしれません。でも、私にとってお料理は『こんなふうに作ったらおいしい』『こういう味付けもあるんだ』って言いながら、みんなでおいしいを分け合える時間。『サウンドフルレシピ』を通して、お料理の楽しさが広がっていったらいいなと思っています!」

  • 執筆/木下 美和 編集/長谷川 賢人
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