「食」は人生を豊かにするとっても大事な営み。そうわかっていても、忙しい毎日の中で、「料理が面倒……」と感じることがあります。時短レシピ、作業を効率化する道具などを活用してみても拭えないこの気持ち。
どうしたら料理に対する気持ちをポジティブに変えることができるのでしょうか?
そのヒントを探るべく、料理家の長谷川あかりさんを訪ねました。
簡単なのにおいしくて、そしてうれしい気持ちになれる。そんなレシピが人気の長谷川さんに、料理、そして暮らしをごきげんに過ごすヒントを教えてもらいました。
インタビューした人
長谷川 あかりさん
- ミーハー心を満たしてくれる料理によって負のサイクルから抜け出した
- 型を作って、「やらないこと」と決める
- 「私は料理上手!」と褒めることで楽しめる
01
ミーハー心を満たしてくれる料理によって負のサイクルから抜け出した
──長谷川さんは昔から料理が好きだったのでしょうか? 料理をはじめたきっかけを教えてください。
長谷川さん:料理をはじめたのは高校生くらいですね。子どもの頃から芸能活動をしていたのですが、正解のない手探りの生活にストレスを感じ、食欲が落ちてしまった時期があって……。そんな時、ある料理本と出会いました。おいしそうな写真やおしゃれなスタイリング、見たことのない食材の組み合わせに、「これなら食べられそう、自分で作ってみたい」という気持ちが湧いてきたんです。
料理ってレシピ通りに作れば狙った味を作れますよね。その「決まりの良さ」が楽しかったんです。なので、最初は少し手の込んだ料理を楽しんで作る、趣味として料理をはじめました。
──そのまま料理が好きになって料理の道に進んだのですか?
長谷川さん:実はそうでもなくて。料理って2種類あると思っていて、毎日の生活のための料理と趣味の料理。結婚後、料理が「やらなくてはいけないもの」になり、なにを作ったらいいか、わからなくなった時期がありました。
時短レシピや簡単レシピも試しましたが、作っていてもどこか物足りなくて。「もう面倒だし、いっそのこと外で食べるかお惣菜買ってきちゃった方が楽なんじゃないか?」と、料理に対してネガティブなサイクルに入ってしまったんですよね。
──どうやってそこから抜け出したんですか?
長谷川さん:料理を趣味で楽しめていたときは、作りたい、おいしそう、楽しそうという気持ちがまずあって、さらに「こういう料理を作ってる私ってすごく素敵!」というようなミーハー心を満たしてくれる部分もあったんです。
もちろん生活のための料理だからそんなことばかり言ってられないし、簡単でささっと作れるものじゃないと続かない。だけれど、そういったミーハーな気持ちを満たしてくれる料理も作っていないと、料理がただただ面倒なものになってしまって続かないなということに気が付きました。そこから吹っ切れた感じがあります。
──長谷川さんのレシピは「作ってみたい!」というワクワク感があるけど簡単なレシピが多いですよね。
長谷川さん:めちゃくちゃ簡単で時短なわけじゃないけど、難しいわけでもない。でも適度に気持ちは上がる、ということはレシピを作る時にいつも大切にしています。
あえて手をかけることで満足感が得られるということってあると思うんです。簡単レシピを短時間で作って、「何か物足りない……」って思うよりは、少し面倒な工程をやることでトータルの満足度がグンと上がるような、そんなレシピを作りたいと思っています。
02
型を作って、「やらないこと」と決める
──料理の難しいところって、何をどう作るかというのもありますし、必要な食材を考えたり、一緒に食べる人の好みを意識したり……と、考える要素が多い。長谷川さんはどんなふうに日々の料理を考えているのですか?
長谷川さん:私は普段の料理では、型を作っています。洋服を例に挙げると、私は毎日、黒いパンツまたはデニムをベースに、毎日のコーディネートを決めています。これ以外はほとんど着ないし、買わないと潔く決めています。ただ、それだけだとベーシックすぎて気分が上がらないので、トップスは気持ちの上がる原色を選んだり、気分によってアクセサリーで盛ったりしてアレンジする。失敗しない安心感のあるボトムスを基本にしているから迷わないし、飽きないし、ちゃんと気持ちも上がるんです。
料理も同じです。黒のパンツ的な存在が、私の場合は蒸し料理。蒸し料理は野菜や肉、魚など、どんな食材がきても対応できるんですよね。なにより酒蒸しって響きが既に素敵じゃないですか?
──たしかに。手が込んでいそうな感じもあります。
長谷川さん:そうなんですよね!この型で作ると使う食材も少なく済みます。うちでは1皿に食材2つくらいが通常です。食材が少ないと、下ごしらえの時間が短くなる。切る食材が少ないから「今日はチューブの薬味じゃなくて切ろう」とか、そういった料理の愛おしい部分に時間をかけられるんです。
副菜は面倒だから作らないし、冷蔵庫にある端くれ野菜と豆腐を入れたおみそ汁で、完成です。
「やらないこと」と決めると、いろいろなところに分散している力をぎゅっと集められて、結果的にアイデアが広がったり、満足度が上がったりするんだと思います。
──家事って「やらなきゃいけないこと」が増えていくイメージでしたが、「やらないこと」を決めるのは意外でした。
長谷川さん:「やらないこと」を決めるのは、楽なこと以外にもいろいろな点でメリットがあると思います。
素材の数が少ないと、それぞれの素材の味も感じやすくなります。今日の小松菜は苦味が強いとか、カブが甘くなってきたとか。素材の味を楽しめれば調味料が少なくてもおいしくなります。さらに食材も1回の料理で使いきれちゃうから「どう保存しよう?」とか「あまった野菜を使わなくちゃ」みたいな考えなきゃいけないことも減っていく。いいことづくめなんです。
──ときどき自分が食べたいものが思いつかないということがあるのですが、型があれば考えやすそうですね。
長谷川さん:私も何を食べたいかがわからないということはよくあります。そんなときこそ、蒸し料理や少ない食材でベーシックな料理を作っておけば、味付けであとから調整ができるんです。
作るときは食欲がなかったのに、食材を触ったり、料理中の香りを感じたりしているあいだに「これが食べたい」と気づくこともあると思うんですよね。酒と塩だけで蒸していれば、中華が食べたくなれば黒酢とラー油、洋食ならレモンと粉チーズ、和食ならポン酢とゆずこしょうで、あとからアレンジすればいい。
何を作ろうとか、どうやって作ろうではなく、「私は今、なにを食べたいんだろう」って考えることが大事なんだと思うんです。自分が今どういう状態なのかを知ることにつながるし、それが健やかさにつながるのかなと思っています。
03
「私は料理上手!」と褒めることで楽しく続けられる
──長谷川さんのお話を聞いて、「これでもいいんだ」という視点がもらえた気がします。
長谷川さん:みなさん、料理に対するハードルが高いんだろうなって、最近よく思います。私の場合、毎日料理をしなくちゃいけないと思ってないですし、食卓に一汁三菜そろえなくちゃいけないとも思っていません。それこそ、「毎日作らなくていい」「一汁三菜も必要ない」と自分の中で潔く決めているから、むしろ余白ができて、一皿作るだけでも「私って偉いなあ」と機嫌よく過ごせているんだと思います(笑)。
「やらなくていい」は「やりたい!」を引き出すきっかけにもなりますよね。それぞれの無理のない範囲で折り合いつけて、その中で、何か自分が満たされる方向を探っていくといいのかなと思います。
──「こうしなきゃ」と思い込むより、「これしかやらない」と決めちゃうことで続けられそうな気がします。
長谷川さん: 自分が毎日でも続けられる最低ラインを最高ラインにしちゃえばいいんです。その中で楽しくやっていたら、何日かに1回スペシャルヒットが出るかもしれない。それが毎日の料理のうれしさでもあると思うので。
──最後に料理をポジティブに捉えるアドバイスやヒントをいだけるとうれしいです!
長谷川さん:もっと自分のことを褒めていいし、「こうしなきゃいけない」ハードルはもっと低くしていいと思うんです。
「作りたくない」「料理がうまくない」と思っていると、どうしてもネガティブな視点になってしまって、楽しくなくなっちゃう。でもそういった自信のなさって明確な根拠がないんですよね。なので逆転の発想で、自信があることにも根拠はなくていいし、なんなら自分の基準で決めちゃえば良いかなって。
だから、私は「料理上手かも」「素敵な生活してる!」って思えるような料理を提案したいんです。そう思える瞬間があれば、気持ちもポジティブになれるし、「ちょっと掃除もしてみようかな」とか生活にも広がっていくかもしれない。ぜひ、どんどん自分を褒めていってもらいたいですね。