「水気を切る」「浅めのフライパンで」「しょうゆを回しいれる」「ほどよく煮込む」……など、レシピには当たり前のように書かれている言葉の数々。でも、実際にどうすればいいの?
連載シリーズ「レシピのスキマ」では、そんなレシピからこぼれ落ちてしまう「大切なコツ」を調理科学で解き明かしていきます。
第10回目は「ポトフ」です。あえて「塩だけ」のシンプルな味付けで、素材のうま味を引き出す調理のコツを、味の素社の研究者・川﨑さんが解説します!
(はがれない&ぱさつかないピーマンの肉詰め、レンジでできる中華風の蒸し魚「清蒸魚」をつくるコツなどを解説してきたこれまでの「レシピのスキマ」はこちらから読めます!)
インタビューした人
味の素社 研究者
川﨑 寛也さん
博士(農学)、味の素(株)Executive Specialist、NPO法人日本料理アカデミー理事 調理科学者、感覚科学者。生家は明治20年創業の西洋料亭「西洋亭」(北海道・根室で創業。現在は廃業)。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。専門は、おいしさの科学、プロの調理技術の解明など。主な著書に『味・香り「こつ」の科学』『おいしさをデザインする』『だしの研究』(以上、柴田書店)、『日本料理大全 だしとうま味、調味料』(NPO法人日本料理アカデミー)ほか。研究分野は、おいしさの科学、プロの調理技術の解明、食の体験と心理的価値の関連解明など。
- ポトフは人類にとっての料理の原点?!
- ポイント1:野菜は皮付きでうま味アップ、手羽先は割って切り込みを
- ポイント2:触らず待つ!「こんがり焼き」で香りを引き出す
- ポイント3:水は「ひたひた」、煮込みは「ことこと」
- ポイント4:味見で確認するのは、塩分だけじゃない!
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ポトフは人類にとっての料理の原点?!
川﨑さん「ポトフ(Pot-au-feu)はフランス語で『火の上の鍋』という意味です。つまり、鍋を火にかけて煮込む料理のことを指しています。広い意味では、日本の煮物も、ロシアのボルシチも、韓国のチゲも、ポトフと考えることができるんです。土器が発明されるのと同時に世界各地で『煮る』という調理法が誕生し、それぞれの地域に合わせた発展をしています。そういう意味では、ポトフは料理の原点とも言えます」
料理の原点だからこそ、調理の基本となるコツが詰まっているポトフ。さっそく、材料を準備しましょう。

川﨑さんいわく、「ポトフは肉料理と捉えるか、スープと捉えるかで変わってきます。今回は肉料理としてのポトフを取り上げます」とのこと。てっきり、ポトフ=スープと思っていた私には驚きですが…ここからは調理のポイントを川﨑さんが解説します!
詳しいレシピは、記事の最後でご紹介しますね。
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ポイント1:野菜は皮付きでうま味アップ、
手羽先は割って切り込みを
まずは材料の下ごしらえをします。野菜は、じゃがいももにんじんも、皮付きのままカットします。
川﨑さん「皮の近くには香り成分が多く含まれているので、皮付きの方がより風味豊かに仕上がりますし、煮崩れもしにくくなります」


続いて、手羽先の下ごしらえ。関節のつなぎ目に包丁を入れて手羽中を切り分け、手羽中は骨に沿って切り開きます。

川﨑さん「切り分けると、食べやすいだけでなく、うま味が出やすくなり、スープに深みが生まれます。切り分けるのが難しかったり、時間がなかったりする場合は、手羽中の骨の両側に切り込みを入れるだけでも違いますよ」
切り分ける際は、関節のつなぎ目を指先で探ってたしかめ、そこへ斜めに包丁を差し込みます。すべりやすいので、ケガをしないよう気をつけてください。
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ポイント2:触らず待つ!「こんがり焼き」で香りを引き出す

煮込む前に、まずは手羽先を焼きます。ここでのポイントは「触らないこと」と「両面をしっかり焼くこと」です。
川﨑さん「できるだけ動かさずに焼くのは、鍋の温度が下がらないようにするためです。
肉を加熱すると、肉に含まれるアミノ酸と糖が反応して焼き色がつきます。この連載ではおなじみですが、これを『メイラード反応』といいます。きつね色の焼き目は香ばしい香りのもとになり、煮込んだときにスープの味わいを豊かにしてくれます」
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ポイント3:水は「ひたひた」、煮込みは「ことこと」
手羽先を焼いた鍋にじゃがいも・にんじん・水を加えて煮込みます。
川﨑さん「ポトフの魅力は、肉と野菜のうま味が溶け込んだスープです。より深い味わいに仕上げるには、少しずつ水分を飛ばして煮詰め、うま味を濃縮させることが欠かせません。そのちょうどいい煮詰まり具合をコントロールするために大切なのが『水分量』と『火加減』です」

では、どのくらいの水分量と火加減がベストなのでしょうか。
川﨑さん「水分量は材料の頭が少し出るくらい、これを『ひたひた』と言います。少ないとうま味が濃縮される前に水分が飛んでしまい、多いと濃縮に時間がかかります」
火加減のコツは、沸騰した「後」にあります。
川﨑さん「鍋の中でゆっくりと具材が動くくらいの火加減をキープします。これを、『ことこと』と言います。スープが対流し、材料からうま味を引き出しながら、水分を飛ばすことができます。あえてフタはせずに、水分を蒸発させましょう。フタをしてしまうと、蒸気が逃げずに濃縮が進まなくなってしまいます」
煮込んでいるとアクが浮かんできますが、手羽先の場合は取り除かなくてもOK。煮込むうちに自然と消えていきます。
煮込み時間は、少なくとも30分を目安に。火を止めるタイミングは、途中でスープを味見して判断します。
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ポイント4:味見で確認するのは、塩分だけじゃない!
川﨑さん「味見では肉や野菜のうま味がしっかり出ているかを確認します。口に含んだときにコクや風味が広がり、味に奥行きが出ているようなら十分に濃縮できています」
味見とあわせてじゃがいもに火が通っているかも忘れずに確認を。竹串などを刺して、スッと中まで通ればOKです!

川﨑さん「野菜に火が通っているのに、まだ味が薄いと感じたら、塩を加えるのではなく、具材を一度取り出し、煮汁だけをもう少し煮詰めて凝縮させましょう。それにより、煮崩れを防げます」
スープに十分なうま味が出ていたら、最後に塩を入れて味をととのえます。

川﨑さん「塩はいちばん最後に入れます。早い段階で入れてしまうと、塩味が先に立ってしまい、スープに溶け込んだ素材のうま味を感じにくくなってしまうからです。
量は最少限で十分です。あくまでも塩はうま味を引き立てる補助役。少々加えるだけで、味に一体感が生まれます」

器に盛り、お好みでマスタードを添えたら完成です!「肉料理としてのポトフ」という意味がよくわかるビジュアルになりました。
まずは、スープを一口味わってみます。ふわっと広がるのは肉のうま味と野菜の甘みが重なった、やさしい風味。ほろほろと肉はやわらかく、じゃがいもとにんじんはほくほくとした食感です。材料もつくり方も驚くほどシンプルなのに、奥行きのある味わいに仕上がりました。
疲れた日の夜やほっこり温まりたいとき、手間をかけずにできるごちそうとして、皆さんもぜひつくってみてください。
材料&調理手順
材料(2人分)
- 鶏手羽先
- 5本
- じゃがいも
- 1個
- にんじん
- 1本
- オリーブオイル
- 大さじ2
- 水
- 適量
- 塩
- 少々
- マスタード
- お好みで
- じゃがいもは芽をのぞき、皮がついたまま4等分のくし切り、にんじんは縦半分にしてから横半分に切る。手羽先は、関節のつなぎ目に包丁を入れ、先端と手羽中に切り分ける。手羽中は骨に沿って切り込みを入れる。
- 鍋にオリーブオイルを中弱火で熱し、皮を下にして手羽先を加える。焼き目がしっかりつくまで焼きつけたら裏返し、同様に焼き色をつける。
- じゃがいも・にんじんを加え、具材が鍋肌にくっつかないようにざっと混ぜる。水をひたひたになるくらいまで加え、沸騰したら弱火にして、フタをせずに30分以上煮込む。
- 竹串を刺してじゃがいもの火の通りを確認し、味を見ながら塩を加え、器に盛る。お好みでマスタードを添えて、完成。
