2020年に創刊40周年をむかえたライフスタイル情報誌『BRUTUS』と味の素社が取り組む企画「世の中が変わるときは、料理をしよう」。
なぜ、読者層の7割が男性といわれる『BRUTUS』と味の素社が手を取りあって企画をスタートさせたのか、なぜ「世の中が変わるときは、料理」なのか…。
気になることだらけの「AJINOMOTO PARK」編集部は今回、企画のキーパーソンである『BRUTUS』編集長の西田 善太氏、ウェルビーイングを提唱する予防医学研究者の石川 善樹氏、そして味の素社執行役員の岡本 達也氏の3人が顔を合わせ、それぞれに想いを語る場に潜入!企画立ち上げの経緯や今後の展開について取材してきました。
インタビューした人
『BRUTUS』編集長
西田 善太さん
コピーライターを経て、1991年マガジンハウス入社。『Casa BRUTUS』副編集長、『BRUTUS』副編集長を歴任し、2007年12月より現職。
インタビューした人
予防医学研究者/医学博士
石川 善樹さん
東京大学医学部健康科学科卒業後、米国ハーバード大学公衆衛生大学院修了。予防医学研究者、医学博士として、「人がよりよく生きる(ウェルビーイング)とはなにか」をテーマに研究を行う。
インタビューした人
調味料事業部長
岡本 達也さん
1987年入社、2020年より現職。商品開発にも長く携わり、調味料や加工食品、冷凍食品など、家庭向け商品の中で担当していない商品はほとんどないというほど!趣味はトライアスロン。
- 「料理は人を幸せにする」三人の想いが一致
- withコロナの時代は、煮ものとオーブン料理が幸せの象徴に
- 男性の料理事情と、男性と料理の意外な親和性
- 男性の料理は、新時代のキーワードにとって象徴的な存在に
- さいごに:編集部雑感
01「料理は人を幸せにする」三人の想いが一致
——この企画に取り組むことになった経緯を教えてください。
西田さん:2011年の東日本大震災のあとに『BRUTUS』で「最高の朝食」という特集を作りました。不安なことばかりのとき、1日の始まりの朝だけは自分でコントロールしよう、という企画です。
今の状況でもなにか、世の中の仕組みが大きく変わる予感がします。そんなとき、あらためて足を止めて、自分でできることを始めてみる。「世の中が変わるときは料理をしよう」とはそういう気持ちで提案した言葉です。
岡本さん:わたしは味の素社で商品開発とマーケティングに27年間かかわってきました。そこでずっと違和感があったのが、簡単に料理することや時短料理、あるいはひとつの食品に栄養がつまった完全栄養食のようなものが善だ、という考え方があることです。
料理には喜びがともないます。買いものに行くときからそれは始まっていて、旬の食べものを見つけたときには心が踊るし、料理中も贅沢な時間だと思うんです。短時間や簡単ということだけを追い求めるのが正しいことなのか、と。
このモヤモヤをばっさりと断ち切ってくれたのが石川さん。石川さんが「料理をすることで人生が豊かになる」ことのエビデンスを示してくれたんですよ。「これだ!」と。
石川さん:2019年に、世界116ヶ国で「どれくらい日々料理しているのか?」という調査*が行われました。そのデータをみると、すべての国で男性よりも女性の方が料理をしてたんです。
その中で面白かったのが、「料理頻度の男女格差が小さい国」の方がウェルビーイングが高い傾向がみられたんです。もちろん、あくまで相関関係で因果関係ではないのですが、男性がたくさん料理をする社会の方が豊かなのかもしれないですね。
* Wolfson, Julia A. et al.(2021, June 1). Gender differences in global estimates of cooking frequency prior to COVID-19. Appetite. Retrieved from https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0195666321000258
02withコロナの時代は、煮ものとオーブン料理が幸せの象徴に
——世の中が変わるとき、料理にできることとは?
岡本さん:味の素社としてではなく私個人としてお答えすると、料理によって創出される時間で幸福感を高めることができる、と思うんです。
わたしはいわゆる“モウレツサラリーマン”でした。家族や会社のためによく働いた。物質的には豊かになれましたが、ふと時間の大切さに気づいた。
石川さんにもいわれたんですが、時間はプライスレスだと。自分に与えられた時間をどう使うかが大事だとわかったんです。
そうやってはじめて、材料を集めて調理をし、時間をかけて作った料理を大切な人たちと食べることが幸せだとわかる。
コロナによって世の中が大きく変わりつつある今、これまで料理に時間をかけられなかった人たちも、だんだんと料理の時間をもてるようになっていると思います。
石川さん:戦後の日本では多くの人が時間に追われるようになって、“炒めること”が主たる調理法になった経緯があります。強い火力で炒めると、たしかに早く料理が完成するけれど、どこかせわしないですよね。
それがコロナ禍がきっかけで、昔から親しまれていた“煮る”に回帰しているようです。海外ではオーブン料理がそれにあたりますね。
西田さん:実は、コロナ前からキッチンを中心とした家づくりの潮流があったんですよ。家の中心は今やリビングではなく、ダイニングやキッチンに移り変わっていると気づいて、2年半前に『BRUTUS』でキッチンの特集を組みました。
リビングの真ん中にTVがあって、そこに家族や友人が集まるのではなく、たとえば玄関からすぐにキッチン、大きなアイランドキッチンやダイニングテーブルをしつらえてそこに人が集う。食べるだけじゃなくて調理の時間も共有し始めているんです。
外食の機会が激減して気づくのは、一人でも友人でも仕事の関係者でも、外食は皆の”居場所”だったということ。それがなくなったら、自分で料理して居場所を作ればいいんです。これまで料理をしてこなかった男性にとって、このタイミングは絶好のチャンス。料理は自分自身の居場所作りでもあると思っています。
03男性の料理事情と、男性と料理の意外な親和性
西田さん:実は「男性も料理をしよう!」っていう風潮は今にはじまったことではなく、昭和40年頃からジャンルとしてあったんですよ。ぼくも十数年前に男性限定の料理教室に通った経験があります。
参加者のほとんどは定年退職をした男性たちなんですが、中には、驚くことにガスコンロの火をつけられない人もいるんですよ。本当に料理をしたことがない。
料理教室では4人1組で調理をしたんですが、年長のひとりがテキパキと指示を出し始めるんですよ。ぼくは元気な新入社員のように「はいはい」と指示に従う。するといつのまにか、残りのふたりが見学者になってしまって(笑)。
料理をしにきたつもりが、気がつくと会社と同じような、仕事現場みたいな流れができてしまって。
岡本さん:実は私も最近、男性シニア層と料理の問題に直面しまして…。
以前に冷凍食品を担当していたのですが、お客さまから「中火がわからない」っていうコメントをいただくことが増えたんです。なかでも多いのがシニア層の男性からで、写真まで添付して「これで大丈夫か」と質問してくださるのです。
それ以来、味の素冷凍食品のギョーザの裏面に火加減を写真で掲載するようにしました。それくらい料理をしてこなかった方もいるんですよ。
西田さん:でも男性だからこそ料理を楽しめる部分もあると思うんです。今は調理器具が発達していてバリエーション豊かだから、ギアとして楽しめるんですよね。
岡本さん:そうそう。西田さんがいうとおり、料理は男性に向いている作業なんですよ。試して結果がすぐに出て、また試すという工程を好む男性は多いはずです。
石川さん:料理って、本来的にはウェルビーイングを高める確率が高い所作なんだと思います。
買いものをして、作って食べて片付けてという過程はたしかに面倒です。でも、ファストフード店やコンビニのお弁当でぱっと済ませて時間を節約したとして、空いた時間でなにをするのでしょうか?
結局私自身もそうなんですが、スマホでゲームしたり動画みたり…、なんとなく暇つぶしをしている方が多いのではないでしょうか。でもそれって、心からやりたくてやっているわけではなく、そういう暇つぶしの時間の幸福度が高いかというと、必ずしもそうではないはずです。
くわえて、現代は分業化が進んでいますよね。ひとりの人間がひとつの仕事を完結させることが難しくなっていて、切り出された仕事だけをこなすことになる。すると、全体に対する貢献がわかりづらくなって、どうしても「ひと仕事した」という感覚が得にくいという側面があると思います。
そういう意味でいうと、料理は最初から最後まで、ひとりで完結させることができるので、岡本さんがいうように、料理は幸福度が高い行為。働く男性にとって、料理をする時間は、大いにやりがいを感じられる幸福な時間になると思います。
04男性の料理は、新時代のキーワードにとって象徴的な存在に
——今後の企画の展開について教えてください。
西田さん:今後、4つのコンテンツを通して発信していく予定です。テキストだけでなくレシピ動画も作成しています。早回しで見せる編集ではなく、プロセスをほとんど省略しない料理動画です。
静かな環境映像のような、定点観測で淡々と料理人の目線で撮っている動画です。端折られがちな細かな部分も、すべてわかるようにしてあります。料理のノウハウ動画というだけでなく、ずっと見ていられる心地よさがあるんですよ。
今はなき名店の味を再現する企画もあります。「あそこの突き出しがおいしかったな」というのを記憶から再現するんです。名店の味の復活なら、料理をする大きなモチベーションになりますから。
岡本さん:この企画は、パッとやっておしまいというものではないと思っています。味の素社としても、みなさんに料理してもらえればうれしいし、わたしにとって生きる糧になります。
わたしが働いてきたこの国に料理の楽しみが増えれば、きっとすべての人が満たされて日本全体が幸福になる。そのお手伝いができたら幸せだなと思いますね。
石川さん:さきほど岡本さんが話されたように、この時代の移り変わりの中で「どうしてあんなに働いていたのだろう」と疑問に感じはじめた人が多いのだと思います。
もう少しいうと、何のために、誰と、どういう時間をすごしていきたいのか、ゼロベースで構築し、実践できる時代になっていると思います。その中で「料理」がどのような役割を果たすのか、ぜひ共に考え直してみたいですね。
05さいごに:編集部雑感
時代の変わりめに立ち会った3人、それぞれの想いが重なって立ち上がった企画「世の中が変わるときは、料理をしよう」。
時代が大きく変わろうとしている今、幸福度と深く関わる料理が、ますます大事になるというお話がとても印象的でした。また、男性の料理がウェルビーイングの鍵になるというのも気になります!
今回の取材は、食や料理のあり方、日々の暮らしを見直すためのよいきっかけになりそうです。
みなさんは、どんな「Eat Well, Live Well.」を想い浮かべましたか?