11月8日は「いい歯の日」です。
歯を大切にする理由は、「よく噛めるようにするため」。実は、噛むことは歯の健康だけでなく、カラダや心の健康にもいい影響があるんです!
一方で、昔に比べて現代人は1回の食事における咀嚼回数(そしゃくかいすう:噛む回数)がどんどんと減ってきていると言われています。
現代に生きる私たちが「よく噛む」ためには、どうしたらいいのでしょうか? 味の素社の食品研究所で食感についての研究をしている中越さんと杉野さんにお話を伺いました。
インタビューした人
食品研究所 食感制御グループ
中越 裕行さん
食べ物の硬さ、弾力、滑らかさなど、食品の食感を測り、制御する技術の開発を行っています。食感を操ることを通して、おいしさはもとより、みなさんの健康にお役立ちできるよう研究を重ねています。
インタビューした人
食品研究所 食感制御グループ(管理栄養士)
杉野 多美さん
大学は管理栄養士専攻で学びました。入社後、医薬品の研究を経験し、現在は食品分野で技術開発に携わっています。つらい食事制限なく、食べたいものを「おいしく食べて健康」を実現したいと思っています。
- 「噛む」ことは食事の基本。お口の健康はよく噛むことから!
- 「歯が健康になる」「栄養がとれる」「よりおいしく感じる」……よく噛むことは、メリットいっぱい!
- “早食い”や“ながら食い”をせず、ゆっくり食事を楽しめる日をつくろう
- “噛む”をより楽しめるレシピとは?
- いつものごはんにひと工夫で噛む楽しみを
01
「噛む」ことは食事の基本。お口の健康はよく噛むことから!
ーー食事において「噛む」ことはどんな役割を果たしているのでしょうか?
中越さん:普段そこまで意識して「噛む」という動作をされている方は少ないと思いますが、「噛む」動作は、口に入れた食べ物を砕いて、唾液と混ぜることで飲み込みやすいかたまりにする、という役割を果たしています。顔の筋肉や舌の筋肉など、多くの器官がかかわる複雑な運動なのです。
ーー「よく噛むこと」は大切だとわかりつつも、なぜ大切なのか知らない人も多いのではないかと思います。どんなイイことがあるのでしょうか?
中越さん:まず、しっかり噛むことによって、食材の組織が壊れ、栄養を効率的に消化・吸収することができます。噛むと口の中に唾液が出ますよね。唾液の中には炭水化物を糖に分解するアミラーゼという消化酵素が含まれていて、よく噛むことでこの酵素による糖への分解が増えることが知られています。また、唾液には、お口の中を清浄して細菌を増やしにくくする効果もあるので、よく噛むことは、口内を清潔に保つことにもつながるというわけです。
他にも、あごや舌の筋肉を動かすことになるので話す機能に役立ったり、脳の血流が増えることで学習効率がよくなったり、認知症の予防ができたりもすると言われているんですよ。
ーーなるほど、噛むことには想像以上にたくさんのメリットがあるのですね。
杉野さん:そうなんです。逆に言うと、「噛まない」ことで起きるデメリットもあります。特に子どもによく見られるのですが、噛む力が弱いとあごや舌の筋力も弱くなり、いつもお口が開きっぱなしの「お口ぽかん」状態になりやすいんです。お口ぽかんだと口の中が乾燥しやすくなります。
ーー口の中が乾燥するとどうなるのでしょう?
杉野さん:お口ぽかんや唾液不足で口の中が乾燥すると菌が繁殖しやすくなって、虫歯や歯周病になるリスクが高くなってしまいます。近年、日本における歯周病患者は年々増加しているんですよ。
ーー歯周病患者が年々増加!?
杉野さん:そうなんです。歯周病は口の中だけでなく、全身にも悪影響がある病気。高齢者の死亡理由に多い、誤嚥性肺炎を引き起こす原因にもなっていると言われています。
02
「歯が健康になる」「栄養がとれる」「よりおいしく感じる」
よく噛むことは、メリットいっぱい!
ーー“噛まない”ことのデメリットを聞き、しっかり咀嚼することの大切さを痛感しました……。噛むことのメリットについて、もう少し詳しく教えてください。
杉野さん:はい。しっかり噛むと唾液腺が刺激され、十分な量の唾液が口の中に広がります。そして、唾液には食べ物を飲み込みやすくしたり、消化を助けたり、口腔内の汚れを洗い流したり、そして甘みを感じやすくしたりとたくさんの効果が認められているのです。
十分に咀嚼ができていないと、歯周病になるリスクが高くなるとお話しましたよね。逆に言うと、しっかり噛むことは歯周病の予防につながります。高齢者の誤嚥性肺炎のリスクも減らすこともできるんですよ!ただ、高齢者は若い方に比べると、唾液の分泌能力が低下しているとの報告もあり、そこに加齢に伴う他の因子も影響して唾液量が少なくなると言われています。そのため、介護施設では食事の前に唾液の分泌を増やす準備体操をするところも多いそうですよ。
ーー咀嚼で唾液をしっかり分泌させることで、病気のリスクを減らせるんですね。
杉野さん:歯の健康を守るという観点では、皆様もご存じのようにデンタルケアも大事です。デンタルケアと同じぐらい、しっかり噛んで唾液を分泌することも大事だということを知ってもらえるとうれしいです。
ーー健康な歯で、好きな食事からおいしく栄養が摂れるとすてきですよね。
杉野さん:そう!おいしく、効率よく栄養が摂れることも、噛むことのメリットのひとつです。先ほども話した通り、唾液にはアミラーゼという消化酵素が含まれています。アミラーゼは炭水化物を糖に分解する酵素。お米をしっかり噛んで食べたとき、いつもより甘くおいしく感じることはありませんか?あれは、お米の成分である炭水化物のデンプンをアミラーゼが分解することで糖が生成されるからなんです。また、食事を食べる時によく噛むと味物質が唾液に抽出されて、この味物質が舌や口蓋にある味細胞に到達するので味を感じられます。
ーーでは味やおいしさを感じるには唾液が分泌されることが大事ということでしょうか?
杉野さん:はい。良く噛んで唾液が分泌されることで、酵素が働いたり、味物質が抽出されたりして、素材が持っているおいしさをより感じやすくなります。
03
“早食い”や“ながら食い”をせず、ゆっくり食事を楽しめる日をつくろう
ーー噛むことにこんなにたくさんのメリットがあるとは……!ただ、「しっかり噛む」とは、具体的にどういったことを指すのでしょうか?
中越さん:歯医者さんではよく、ひと口ごとに30回を目安に噛むことが推奨されています。ただ、現代の食事は食べやすいように柔らかく加工されたものが多く、正直、30回も噛むのはなかなか難しいです。
中越さん:回数はあくまで目安で、「きちんと噛む」ことを意識しながら食べるのがいいと思います。“早食い”や“ながら食い”をすると咀嚼回数が減ってしまうので、目の前のご飯に集中できる環境をつくれるといいですね。そうすれば、しっかり味わおうとして自然によく噛むようになると思います。また、ひと口の量を少なめにしてみてはいかがでしょうか。ひと口あたりの咀嚼回数は減りますが、食事あたりの咀嚼回数は増えることが確認されています。
――柔らかい食事が多くなってきている中、噛む力をつけるにはどうしたらいいのでしょうか?
杉野さん:最近では、歯医者さんが監修した噛む訓練用のガムやグミも出ています。ただ、病院や通販など限られた場所でしか手に入りません。
もっと手軽にできるものだと、「パタカラ体操」というものがありますよ。
ーーパタカラ体操?
杉野さん:先程お話した、介護施設で行われているお口の準備体操です。「パ」「タ」「カ」「ラ」の4音を発音することで、口の筋肉と舌の筋肉を効率的に動かし、咀嚼力を鍛えることができるんですよ。最近では高齢者施設だけでなく、幼稚園や小学校でも行うところが増えてきているそうです。この運動で滑舌(かつぜつ)も良くなったという報告も上がっているんだとか!
ーーすごい!ただ、咀嚼が大事だとはわかりつつ、食事の前の準備体操や食事に集中する時間をとるのは難しい、という人も多そうです。
杉野さん:おっしゃるとおりで……。特に朝は忙しく、“早食い”や“ながら食い”ばかりしてしまう、という悩みはよく聞きますね。また、共働き世帯の増加にともない、家族でゆっくり食事をしたいけど平日は時間をとるのが難しい、という声もあります。
ーー飲食店でも、スマートフォンを見ながら食事をしている人をよく見かけます。
中越さん:“早食い”や“ながら食い”が増えているといっても、家族や友人と一緒に食卓を囲むときや、記念日などの特別な日の食事はゆっくり楽しむ人も多いと思うんですよね。
ひとりで食事をするときでも、「食事自体を楽しめる工夫」があれば、自然と咀嚼も増えるはず。味の素社のこれまでの研究や知見を活かして、楽しく、そしておいしく“噛むこと”を推進していきたいですね。
04
“噛む”をより楽しめるレシピとは?
ーー楽しく、おいしく噛むために、普段の食事でできる工夫はありますか?
杉野さん:調理方法で工夫ができます!いつもより食材を大きめに切るとか、固茹でにするとか。同じ量のきゅうりでも、輪切りではなく乱切りにするだけで咀嚼回数が増えるという研究結果もあるんですよ。
また、水分量が少ないと、咀嚼回数が増えることも知られています。同じ食材でも、煮物よりも炒めものにしたほうが噛みごたえが出て、自然とたくさん咀嚼するようになりますよ。食パンもそのまま食べるより、トーストしたほうが咀嚼が増えて良いですね。
ーー忙しい朝でも、パンをトーストするだけならできそうです。
杉野さん:そう。なにも難しいことはしなくても、ちょっとした工夫で噛む回数を増やすことができます。他にも、いろんな食材をつかったり、食事中の水分の取り方に気を付けたりするのも効果があります。生のにんじんやきゅうりといった野菜をそのまま食べるのも手軽でオススメです。ご自身の咀嚼力に合わせて、食材を選んでみてください(※1)。
※1 誤嚥性肺炎のリスクがある高齢者の方の場合、食事の硬さを指定されている可能性があります。咀嚼力に合わせて硬さや大きさなどの食事形態をご検討いただけますよう、ご注意ください。
■パークマガジン編集部のオススメレシピ
自然に咀嚼の回数が増えるレシピをご紹介します。よく噛んで健康に、おいしく食事を楽しみましょう♪
鶏ひき肉のれんこんサンドバーグ
鶏ひき肉を使ったハンバーグを2枚のれんこんではさみ焼きにした、人気の主菜レシピ。れんこんとハンバーグの異なる食感が◎れんこんのシャキっとした食感が、噛むことを楽しくさせてくれます♪
れんこん引き立つ!かむかむ根菜チャウダー
れんこんやさつまいも、にんじん、玉ねぎ、ベーコンを使った具だくさんな汁物レシピ。食感が異なるいろいろな食材が入っているので、自然と咀嚼の回数も増えるはず。最後にみそで味を調えるのがポイント◎
05
いつものごはんにひと工夫で噛む楽しみを
なにかと忙しい現代人でも、ちょっとした工夫で「よく噛む」ことができそうです。忙しくてご飯の時間をゆっくりとれない人も、お子さんのお口の健康が気になる方も、ごはんにひと工夫して「噛むこと」をもっと楽しんでみませんか?
出典:
・咬合・咀嚼が創る健康長寿
・歯科衛生だより vol.52
・日本咀嚼学会からの発信(1)
・一般社団法人日本生活習慣病予防協会
・e-ヘルスネット 歯周疾患の有病状況
・口腔外科相談室 口腔内のトラブル
・日本臨床歯周病学会 歯周病が全身に及ぼす影響
・つぼみねっと よく噛むことはよく生きること!
・パタカラ体操のやり方と効果的に行うポイント
・専門医を悩ませる高齢疾患への対応―高齢者と口腔乾燥症―
・一口に入れる食品量で食べる速度や咀嚼回数をコントロールする
・咀嚼におよぼす食物の大きさと一口量の影響