最近、日本でも注目が集まっている「ウェルビーイング(Well-being)」。心身ともに満たされた状態を表す概念ですが、「Eat Well, Live Well」をスローガンに、よりよく食べて、よりよく生きる社会への貢献を目指す味の素社は、「食・料理」と「ウェルビーイング」の関係に注目しています。
そこで2022年秋〜今年春にかけて、慶應義塾大学と「料理とウェルビーイングについての共同研究」を行いました。
自炊料理家の山口祐加さんを講師に迎え、慶應義塾大学に通う学生14名を対象に、レシピに縛られない調理技術を習得する全8回のワークショップを開催。参加前後での料理との向き合い方の変化や自信の変化、ウェルビーイング指標に対する影響などについてヒアリングし、料理とウェルビーイングの関係性を探りました。
今回、ワークショップが終了してから約半年が経過した学生4名と山口さんとの座談会を実施。ワークショップ当時を振り返りながら、研究プロジェクトをレポートします!
- 料理とウェルビーイングの関係性を明らかにしたい!
- まるで実験のような料理ワークショップ
- 自らの手でちゃんと作った!という達成感
- 他者の評価ではない、自分軸でおいしさを感じていい
- 料理でもっと、ウェルビーイングに貢献していきたい
01
料理とウェルビーイングの関係性を明らかにしたい!
普段から、料理初心者を対象とした料理教室を開催する中で、料理とウェルビーイングはなにか関係があるのでは?と考えるようになったという山口祐加さんの思いに、よりよく食べて、よりよく生きる社会への貢献を目指す味の素社の思いが共鳴し、スタートしたのが今回のプロジェクト。
——このプロジェクトの概要を教えてください。
山口さん:料理とウェルビーイングの関係性を明らかにするために、親元を離れて一人暮らしや自炊を始める人も多い大学生を対象に、レシピのない料理ワークショップ(全8回)を実施し、調査を行いました。学業だけでなくアルバイトや遊びも忙しい生活の中で、食生活が乱れやすい時期でもあるので、見えてくるものがあるのでは?と思いました。
また、今回のワークショップで採用した学習法は、レシピに縛られない料理への向き合い方です。「食材×調理法×味付け」のかけ合わせで、レシピ通りでなくても料理はもっと自由に考えられるんだということを提案しました。
たとえば「肉を何分焼く」と決めるのではなく、「色が変わったらひっくり返す」とか「調味料も割合で覚えてください」というふうに、ざっくりとした調理法を教えています。
それができるようになると、冷蔵庫に豚肉、玉ねぎ、しょうががあるというときに、しょうが焼きが作れるし、豚丼も作れるし、みそ汁だって作れる。その日の気分や体調に合わせて料理ができるって、すごくウェルビーイングだなと私は思いますし、そういうことができる人が増えてほしいという思いがありました。 瀧本さん:料理ができなかったところから、料理ができるようになる過程の中で、料理とウェルビーイングの関係性が見えるのではという期待がありましたよね。
レシピのない料理ワークショップ|プログラム
第1回 : 野菜を切る、ゆでる
第2回 : 鶏肉と豚肉を焼く
第3回 : サラダを作る
第4回 : 魚を煮る、焼く、ホイルで焼く
第5回 : 汁物を作る
第6回 : 炒めものを作る
第7回 : 料理を科学する
第8回 : 成果発表・料理実習
02
まるで実験のような料理ワークショップ
——第1回のテーマは「野菜を切る、ゆでる」。どんな内容だったのでしょうか?
山口さん:第1回は野菜のゆで時間を変えて、ゆでて、調味料をつけて食べるというものでした。
安永さん: 30秒ゆで時間が変わるだけで、こんなに違うんだ!と驚きましたね。実験みたいで楽しかったです。
山口さん:楽しんでくれてよかったです(笑)。2回は、「肉を焼く」がテーマでした。鶏肉の半分は塩をつけてから焼き、残り半分は下味をつけずに焼き、焼いた後に塩をかけ、食べ比べをしてもらいました。一般的には「下味をつけてから焼いたほうがおいしい」と教えることが多いのですが、それも人によるのかもしれないと思い、挑戦してみました。塩を後からかけた方が「焼き鳥みたいで好き」と言う人もいて、なるほど!と思いました。
磯野さん:体験してみて、肉を焼くというだけでも奥が深いのだなと感じました。私は、このワークショップでいろいろと料理を作っていくうちに、これまで自分は火を通し過ぎて食材の大事な味を失っていたことに気づいて(笑)。
山口さん:料理を始めた頃って、加熱のちょうどいい加減をつかむまでが難しいんですよね。強火で焼き過ぎちゃう派と、慎重すぎて火を通し過ぎてしまう派がいますが、磯野さんはおそらく火を通し過ぎてしまう派の人で、うま味の抜けた肉を食べていたねという話をしましたね(笑)。
——第3回は「サラダを作る」回でしたね.。
山口さん:先に塩もみした「カブのくたくたサラダ」と、「レタスのパリパリサラダ」の2種類、そしてドレッシングを作るという内容でした。
福井さん:ドレッシングを自分で作るというのが、目から鱗でした。これまでは、料理というと「凝ったものを作らなきゃ!」と思い込んでいたのですが、野菜を切って、調味料を混ぜて、ドレッシングを作るだけでも立派な料理なのだと気づいてから、キッチンに立つことへの抵抗がなくなっていきました。
03
自らの手でちゃんと作った!という達成感
——4回目になる頃には、料理の感覚をつかめてきた学生も増え、調理や片付けにそれぞれの工夫やアイデアが見られるようになってきました。
山口さん:4回目は好きな魚の切り身を買ってきてもらい、煮魚、焼き魚、ホイル焼きの3種類を作ってもらいました。
福井さん:私はホイル焼きが一番好きでした。魚料理って時間がかかって、難しいイメージがありましたが、10〜15分くらいで簡単にできることに驚きました!
——第5回は汁物でした。サラダ、メイン、汁物と、これで定食が一通り作れるようになりますね。
山口さん:汁物の回では、かつおから取っただし、味の素社の「ほんだし®」、手羽先のだしを使って作りました。
福井さん:「だしだけでもおいしい!」ということにすごく感動しました!それを知ってからは、朝食の代わりにだしを飲んだり、「ほんだし®」をお湯に混ぜて水筒に入れて持って行ったりしています。おいしくてホッとします。
——調理のワークショップの最後となる第6回は炒めものがテーマでした。「豚肉とキャベツの炒めもの」と「もやしの炒めもの」を作られたそうですね。
山口さん:キャベツを生のまま炒める方法と、事前に電子レンジで加熱してから炒める方法で調理して食べ比べてもらいました。
金城さん:以前、キャベツと肉を一緒に炒めて焦げついた経験があり、なぜだろうと思っていたのですが、謎が解けました!火の通りにくい野菜は電子レンジを使って、先に加熱しておくテクニックがとても勉強になりました。
山口さん:6回にわたりリモートで一緒に料理を作りましたが、第7回は初めての対面開催。味の素社員であり調理科学・食品化学スペシャリストの川崎寛也さんに登壇してもらいました。私が調理をし、川崎さんが科学の視点から解説をしていくというものでした。
金城さん:川崎さんの解像度の高い解説がとてもおもしろかったです!今までなんとなくやっていた調理を、科学的な視点で紐解いてくれたので、より楽しく思えるようになりました。肉を焼くときに生じるフライパンの油や焦げはうま味なので肉に吸い取らせるなど、役立つテクニックも教えていただき、勉強になりました。
山口さん:最終回の第8回は、材料費2000円で、今まで学習したことを踏まえて各自自由に料理するというものでした。1人三品作り、そのうち一品は今までのワークショップで作った料理で気に入ったものを作ってもらいました。
磯野さん:私は同じ研究室の3人で作りましたが、とても盛り上がりました。ワークショップで習った料理以外にグラタンやデザートなどたくさん作ったので、研究室の他のメンバーにも食べてもらいました。自分たちが作ったものを振る舞って、おいしいって言ってもらえることがすごくうれしかったです。
04
他者の評価ではない、自分軸でおいしさを感じていい
——ワークショップを体験する中での気づきや、参加前後での変化はありましたか?
磯野さん:今までは外食が中心でしたが、自炊という選択が増えたことで、外食、自炊それぞれの役割がより際立つようになって生活にリズムが生まれました。また、みんなで料理を分け合うなど、ともに食べる喜びを感じることができて、料理の楽しみが広がりました。
福井さん:これまでは、「これを作りたい」というゴールやレシピありきで料理をしていましたが、ワークショップを通して、「今ある材料で何を作るか」を考えられるようになりました。レシピから少しでもずれると失敗だと思っていたけれど、多少の味の違いもこれはこれでおいしいと受け入れられるようになりました。
また、料理だけでなく、自分のカラダに対しても意識が変わりました。料理との向き合い方が変わることで、自分が食べたいものに気づけるようになり、自分のカラダの声をちゃんと聞けるようになりました。
金城さん:このワークショップを通じて、料理をするハードルが下がりました。自炊を始めてから、こんなに安あがりで色々な料理を作れるんだということを実感でき、自炊を覚えたことで生きていく術を身につけられたと感じています。
安永さん:僕は最近、料理熱が高まっていてパスタでいろいろと実験をしています。大学の課題だと成果を上げるために長期間向き合う必要がありますが、料理だと数時間でちゃんと達成感を得られる。それがちょうどいいです。
山口さん:料理の自由さや楽しさ、自分で作る喜びを知っていただけたのが収穫です。自炊を始めることで、「自分の体調に意識が向くようになった」「部屋をきれいにするようになった」というような声もありました。生活全般のウェルビーイングには食以外の要因も多く影響しますが、そこに料理がどう貢献できるのかを今後、探っていきたい!とも思っています。
05
料理でもっと、ウェルビーイングに貢献していきたい
山口さん:前よりもうまく作れた、できなかった料理が作れるようになった、うまくいかないことばかりの一日でも、ごはんはうまく作れた。そんな些細なことが自分を励ましてくれると思いますし、その料理を食べることで、幸せを感じられますよね。料理は五感を使って作るので、その工程で精神的にも満たされるし、物理的におなかもいっぱいにもなりますから。
山口さん:自炊というのは、人の評価は関係なくて、自分がおいしいかどうかが一番大事。自分軸でおいしかった!楽しかった!ということを感じられることが、ウェルビーイングにつながっていくのだろうなと思います。
そして、その食事を誰かとそれを分け合うことによって、 お金では買えない幸せを育むことができる。それって持っていて損はしない技術ですよね。
瀧本さん:今回の取り組みを通じて、料理がウェルビーイング指標の向上に貢献すると明らかにできたことが一番の成果でした。基礎的な調理技術や、調理による食材の変化を、科学的根拠とともに習得し、料理の応用力を身につける学習法によって、料理との向き合い方がポジティブに変化することが確認できたことも収穫です。
ワークショップの回を重ねながら、参加いただいた学生一人ひとりの変化に伴走し、その声を聞けたことで、今後のヒントも多く得ることができました。
今回の学びをもとに、料理でウェルビーイングに貢献するための取り組みを今後も継続し、PARK MAGAZINEでも「料理でウェルビーイング」シリーズとして発信していきます。お楽しみに!
インタビューした人
料理ワークショップ講師
山口 祐加さん
自炊料理家・慶應義塾大学SFC研究所研究員 (※研究実施当時)
1992年生まれ、東京出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、音声配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』、『週3レシピ 家ごはんこれくらいがちょうどいい。』など。好物はみそ汁。
今回ご紹介した「料理とウェルビーイングについての共同研究」のレポートは、こちらのページでも詳しくご紹介しています。