「食」は人生を豊かにするとっても大事な営み。そう分かっていても、忙しい毎日の中で、「料理が面倒……」と感じることがあります。外食やお惣菜で気分転換を図るものの、そのたびにじんわり広がるモヤっとした感情。
どうしたら料理や食事をもっとポジティブに楽しめるのでしょうか?
そのヒントを探るべく、料理研究家の長谷川あかりさんへのインタビューに続いて、今回は料理人の稲田俊輔さんを訪ねました。
人気インド料理店「エリックサウス」のシェフをしながら、家庭料理を探求したり、食事の面白さを深掘りしたりと料理を楽しむ稲田さんに、日々の食事からごきげんになるヒントを教えてもらいました。
インタビューした人
稲田 俊輔さん
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。著書に『おいしいものでできている』『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)、『ミニマル料理』(柴田書店) X(旧Twitter): @inadashunsuke
- 家庭料理は、外食では食べられない尊い料理
- オールオアナッシングではなくミックスする
- 料理は、頑張りたいときに頑張ればいい
01
家庭料理は、外食では食べられない尊い料理
──稲田さんが料理に興味を持つようになったきっかけを教えてください。
稲田さん:両親が料理好きでした。外食でいろいろな料理を食べるようになり、自分でも料理をするようになった今、思い返すと割と手の込んだ料理が食卓に並んでいましたね。そんななかで、自分も子どもながらに料理をするようになりました。かたちのないところから何かを生み出す感覚が楽しかったんです。
そこから料理が仕事になるわけですが、本質的な気持ちは何も変わっていませんね。
──幼少期のご自宅の食卓にはどんな料理が並んでいたのですか?
稲田さん:麺より野菜が多い塩焼きそば、祖母直伝の煮しめなど本当に何気ない家庭料理です。そういう家庭料理って、実は外食では食べられない料理でもあるんですよね。つまり、家庭料理ならでは価値がある。そのことに気づいてから、外食で食べられるプロの料理とは別の意味で、家庭料理に尊さを感じるようになりました。
──稲田さんの書籍『ミニマル料理』には、まさにそんなレシピがたくさん掲載されていますよね。
稲田さん:『ミニマル料理』は自分の親を含めて、かつての日本の家庭で何気なく作られてきた料理を、改めてロジックで紐解き、誰でも作れるようにした1冊です。50年以上前の家庭料理のレシピ本からインスパイアを受けています。
コンセプトが「ミニマル」なので、必然的に時短、簡単にもなっていますが、ベースには、料理の根源的な好奇心や料理すること自体を楽しんでほしいという思いがあります。
──ミニマルなレシピの良さとはどんなところにあるのでしょうか?
稲田さん:一度、ミニマルなレシピを習得すると、そこから応用ができるんですよね。裏を返すと、最初から情報量の多いレシピで作ってしまうと、どこを変えたらいいかがわからなくなってしまう。だけど、削れるところまで削ったレシピでおいしくできたら、そこから足すのは簡単です。『ミニマル料理』はあくまでも出発点。ミニマルなレシピをベースに自分の味を探していけばいいんです。
家庭料理というのは、ある程度の時間をかけて、その家の味が作られていき、それがまた受け継がれていくもの。その作られていくプロセスこそが楽しいし、自分の味を探すことが家庭料理の価値なんじゃないかなと思っています。
──一般の方からすると、家庭料理を「家でしか食べられない料理」というふうに認識されてないような気もします。
稲田さん:「家でもお店のような料理を」というような理想が強いように感じますよね。いや、違うんだよと。今は、プロのレシピはいくらでも見られるし、「Cook Do®」のように簡単にプロの味を再現できる商品もある。冷凍食品もお惣菜もクオリティが高いので、家でお店のような料理を食べることは難しくない。そういうものがあるなかで、「こういうのでいいんだよね」という何気ない料理が自然になれば、それが自分の食卓の味になっていくんじゃないかなと感じています。
02
オールオアナッシングではなくミックスする
──ご家族やお友達に料理を振る舞うときは、どんなことを考えて作るのでしょうか?
稲田さん:僕の理想に、食卓に品数いっぱい並べたいという思いがあるんですよね。シンプルな料理がいくつかあるなかに、一つ「おっ」というものがあるイメージ。
品数を増やすのは難しそうに思えますが、一個一個の料理を思い切ってシンプルにしていったらそんなに難しいことではない。メインになる料理は買ってきたものでもいいと思っています。お惣菜や冷凍食品を使うことに対して、ネガティブな気持ちを持つ人もいると思うのですが、オールオアナッシングで考えるからなんじゃないでしょうか。出来合いのものと手作りの料理をうまくミックスすれば、全部作らなきゃっていう気持ちもなくなり、楽になるんじゃないかなと思います。
──副菜を考えるのが難しいという声もあるのですが、稲田さんがよく作るものがあれば教えてください。
稲田さん:野菜のオイル蒸しです。野菜と油と塩、100対10対1の法則を覚えておくといいですよ。野菜に対して10%のオリーブオイルやバターなどの油、1%の塩をとりあえず鍋に放り込んでください。焦げ付かないように鍋をたまに揺らしながら蓋をしてほったらかしたら、確実に美味しくなります。野菜は一種類だけでもいいし、冷蔵庫にある野菜を一掃したいときはいろいろ入れてもいい。シャキッと食感に仕上げなきゃとか、色よく仕上げなきゃとかそういうことは、一切考えず、くたくたの野菜のおいしさを楽しむんです。
──何を食べたいかもわかんない、何を作りたいかがわからない……そういうときって稲田さんにもありますか?
稲田さん:ありますよ。僕は月の半分くらいは単身で東京にいるのですが、そういうときは「これが食べたい」というものが明確になるまで食べません。だけど、家にいると家族もいるし、そうもいかない。そういうときは、何も考えずにオートマチックにできる料理を作ります。
少し前から3品鍋というのをやっているのですが、これは結構オススメです。冬場は鍋の出番が増えるじゃないですか?鍋って、具材が同じになりがちなので飽きるんですよね。スープを変えて気分転換しようとするけど、やっぱり飽きる。
そこで具材を3つまでって絞ってみる。そうすると、逆にバリエーションができて、これだと意外と飽きないんですよ。例えば、「豆腐と豚肉とほうれん草」だけみたいな。
シンプルすぎて物足りない……と思うなら、お惣菜コーナーで唐揚げ買ってきちゃえばいいんです。鍋が飽きるもう一つの理由は、鍋は完全食という発想で、鍋だけで食卓を完成させようとするから。鍋料理もあくまでも食卓の一角、お味噌汁の代わりくらいに考え、その横に炒めた肉があったり、買ってきた惣菜や冷凍食品のギョーザを並べてもいいんじゃないかなと思っています。
──稲田さんはどんな組み合わせで3品鍋を作っているんですか?
稲田さん:最近だと、「春菊と鶏肉ときのこ」、「せりと鶏つくねとまいたけ」。春先には「菜の花といか、がんもどき」というのもよかったですね。お刺身のいかを5秒だけさっと湯に通す、京料理のようなイメージです。組み合わせは、味のカテゴリを分けるといいと思います。僕は鍋のスリーピースバンドと表現していますが、緑の野菜、味が出る肉や魚、それと豆腐のような土台となる食材で組み合わせるとおいしくバランスが取れます。
この3品の中にめん類や餅も入れちゃっていいと思っていて。〆でめんを入れることが多いですが、実は最初から食べたかったりするじゃないですか。特にお子さんがいるご家庭だと、〆まで待てないということもあると思うんですよね。
「キャベツ、手羽先、中華めん」で中華風、「焼きネギ、鴨ロース、そば」もいいですよね。そばを入れるときは、一緒にぐつぐつ煮るというよりは、硬めに下ゆででしておいたそばをしゃぶしゃぶする。洒落た感じになりますので、おもてなしにもオススメですよ。
03
料理は、頑張りたいときに頑張ればいい
──料理を楽しむために、ご自宅の台所で工夫していることはありますか?
稲田さん:「キッチンの陣取り合戦」と呼んでいるのですが、出しっぱなしにできるものを増やそうと考えています。今は、すごく便利な調理器具がたくさんありますが、戸棚をあけて「よっこらしょ」と出して使うとなると、どうしてもハードルが高くなる。
飲食店のキッチンでは、よく使うものをパッと手に取れる場所に置くことで効率化していますが、まさにその発想です。
僕の場合はミルミキサーをキッチンに出しっぱなしにしています。カレーによく使うのはもちろんなんですが、ドレッシングやポタージュ、焼肉のたれも材料を放り込むだけですぐできますから。テクノロジーは有効活用していけばいいんです。
──料理のハードルを高くしてしまっている人が多いのかなと思うんですけど、そういう方にあらためてアドバイスをいただけないでしょうか?
稲田さん:とにかく、料理なんてものは、頑張りたいときに頑張ればいいんです。どうしてもやる気が起こらないときに無理をすると、頑張りたいときに頑張ることも楽しくなくなってしまうから。無理をしないのが何よりですよ。
料理を楽しんでいる人を見て、「羨ましいな」と思うだけでも、それが料理と向き合うエネルギーになると思うんですよね。僕は、食べることや料理をすることを楽しんでいる姿を見てもらうことが自分の使命だと思いながら、日々楽しんでいます。それがきっと誰かを幸せにすると信じているので。なので、これからも楽しい姿、料理の楽しさを届けていきたいですね。